第三百三十五話
来夏の提案でエルフの里を探検しようと思った時だった。
まあさすがに、誰かが来るだろうと思っていたが……。
「貴様らの悪事もここまでだ」
そんなことを言ってきたのは、その辺にいるエルフたちよりも、魔力とのつながりが深いように見えるエルフだ。
おそらくハイエルフだろう。
見た目は若いのだが、ハイエルフは一体何歳なのかわからないものだ。
エルフは老いが無いというわけではないのだ。
「ここまでごちゃごちゃ言っておいて、やっと来たのか。日和見主義にも限度があるんじゃね?」
来夏は呆れたようにそのハイエルフを見る。
「ふざけるな!そんなもので壁をぶち抜いておいて、正しさを語るとでも?恥を知れ恥を!」
まったくもってその通りなのだが、来夏には無力である。
「独占したいんだろ?だったらもうちょっと頑丈な壁作っとけよ。キャンピングカーで突撃しただけでぶち抜ける壁なんて、ちょっと強力なモンスターが出てきたらどうするんだ?お前ら、この壁の中から逃げることもできねえんだろ?」
「フン!我々には魔法がある。世界樹のそばにいる限り、我々が無敵なのだということを忘れるなよ人間」
魔法があるからこそ無敵。
それを確信している言い方だが……。
基樹が溜息を吐く。
「魔法があるから無敵?お前ら、本気で言ってんのか?」
「当たり前だ。そして緑の世界樹は、我々最上位の存在であるエルフと親和性の高い世界樹。緑の世界樹がある限り、最強は我々だ。そんなことも理解できないのか?」
「……」
基樹は呆れたようだ。
魔戦士学校で、秀星に魔法を使ってどれだけ挑んでも、まるで秀星が使う魔法が優先されているかのように、全く通用しなかったことを思い出す。
上位の存在に手を伸ばすだけならともかく、機能だけではなく構造まで知ってしまうと、待っているのは下位互換への失望だ。
機能だけしか推測できていない基樹でさえ、魔法があるだけで最強などと吠えるつもりはない。
下しか見ないことは罪ではない。
上にあるものから目を背けることは禁じられているわけではない。
当然のことだ。侵されてはいけないものだ。
だが、本当に、彼らは自分たちが特別だと思っていて、それを他人に押し付ける権利があると思っている。
これで滑稽だと思わないのなら逆に問題があるだろう。
「なんか冷めた」
「はっ?」
「貴様らは、自分たちが最上位の存在で、そしてその認識を他人に押し付ける権利があると思っている。間違いないな」
「何を言っている。それが当然のことだろう」
「……別に、その権利がないとは言わねえよ。今まで散々やってたんだろ?権利を行使する側と行使される側のどちらも文句を表に出さない程度のことなら、やる権利はある。だがな。権利はただの権利だ。『特権』じゃねえんだ。『保証』なんてされてねえぞ」
「フン!まだわからないようだな。緑の世界樹があれば……」
「まさにそこだ」
「ん?」
「お前ら、それを口にする時点で、自分たちが単なる『条件付きの強者』だって宣言してんだよ」
その言葉は、ハイエルフの青年の中に、スルリと入り込んでいったようだ。
「ば……馬鹿なことを言うな!」
「ならお前。世界樹の外に出て、同じこと言えるか?言えねえだろ。言えるわけねえんだよ。緑の世界樹があるだけで、そこに住んでるだけで、エルフっていうのは『安全』という名の『脆い特権』を感じてたんだからな。しかもお前ら。世界樹から出てくる魔力を使うことばかり考えすぎて、世界樹が影響しない範囲まで出たらただの雑魚だろ」
「貴様……」
「何なら……ここで俺とやるか?」
基樹はハイエルフの青年を睨んで、魔力を噴き上げる。
周りにあるものが簡単に震えるほどの圧力。
「基樹。そのあたりにしておけ」
「秀星……」
「俺はもう……見限ることにしたよ」
秀星はため息を吐く。
彼らが呪いを受けていることは知っている。
それを考慮するとしても、もう秀星は飽きた。
だが、基樹を放置することは出来ない。
秀星が渡った異世界、グリモアでは、エルフというのは超希少種族だった。
大人数が住まう里が壊滅したことで、エルフは一気にその勢力を後退させた。
秀星はその里に行ったことがある。
そしてその時見た魔力の残滓は、基樹が持つ魔力と同じだ。
基樹は、異世界では魔王だった。
どんな冷酷な指示だろうと、どれほど残酷な命令だろうと、下そうと思えばすぐに下せる。
だから、止めておくことにした。
とはいえ……。
「お前たちがどんな常識にとらわれているのか知らないけど、明日、『反則』ってもんを教えてやるよ」
秀星はそう言って、キャンピングカーの中に引っ込んでいった。




