第三百二十六話
「なあ、おまえら、そこで何やってんだ?」
来夏が試しに彼らに話しかける。
エルフたちの数は五人。
全員が作業をやめて(工具を持っているやつはオロオロしていただけだが)、こちらを見る。
「何だお前たちは」
それはこちらのセリフだ。
と思った剣の精鋭メンバーだが、その話をすると三十分では済まないのでスルー。
「このキャンピングカーの持ち主だぜ」
「そうか、なら話は早い。今すぐにこれの鍵を渡せ」
最も質のいい格好をしたエルフがそう言った。
自らの発言に不自然な点がないと確信しているような表情である。
だが、来夏の返答はそれとは関係ないものだ。
「……このキャンピングカー。鍵なんてねえぞ」
「はっ?」
「ていうか鍵穴ねえだろ」
「……」
「……」
思わず無言になる二人。
そう、このキャンピングカーには鍵というものが存在しない。
もちろん、つけることはできるし、それを使って開けるようにすることもできる。
鍵を使っても開かないようにもできるのだがそれはおいておくとして。
鍵はないので、ロック機能があるだけだ。
だが、高性能のカメラと集音マイク。そして魔力を測定する機能が備わっているので、ドアの開閉はオートである。
すべてを魔法で解決しているうえに、このキャンピングカーは神器の付属品に過ぎないので確かに『解錠魔法』は通用するのだが、ロックが解除されたあとでまた自動で閉めることも普通にできる。
結論。
搭載されたAIが秀星の普段の行動を参考にセキュリティを組んでいるので性格が悪い。ということだ。
「だ、だが、これに入る権利を与えることは可能だろう。そしてその上で、これを私達に渡せ。見てわかると思うが、我々はエルフだ。これがどういうことかわかるだろう」
「まあ、寝言は寝て言えって話だよな」
真顔でそういう来夏。
隊長エルフは怒り始める。
「ふざけるな!この島には緑の世界樹がある。よってこの島は、緑の世界樹の影響下にあるということだ。そして緑の世界樹の影響下にあるということは、この島にあるものは全て、我々のものであることを意味する。そんなことも知らないのか?愚民共」
秀星は『分からないのか』ではなく『知らないのか』という言葉を使っていることに呆れを通り越して感動したが、顔には出さない。
「……あそこに黒の世界樹があるんだが……」
来夏は黒の世界樹を指差す。
だが、隊長エルフは怒り出した。
「貴様!緑の世界樹と黒の世界樹が同格であるとでも言うつもりか!どこまで我々を愚弄すれば気が済むんだ!」
秀星から見ると、白と黒が同列で、その下に緑がいる。というものである。
もちろん、化身たちの仲がいいところを見るとわかるように、格付けされた差はあるとしても、本人たちのその自覚はないし、あったとしても関係なく化身同士で絡み合うだけだろう。
「別に愚弄するつもりなんてねえぞ。エルフなんて興味ねえし」
オブラートに包むなどという言葉は来夏の辞書にはない。
「なっ……き、貴様ら正気か?我々はエルフだぞ!」
「いや、エルフだぞって言われてもなぁ……」
来夏はポリポリと頭をかいた。
その時、基樹は待ちくたびれたようだ。
「無駄なことゴチャゴチャ言ってんじゃねえぞエルフ共。喧嘩売るんなら口の前に手を出せ。持ってる杖は飾りか?」
「フン!これだから野蛮人と話すのは頭が痛い。すぐに手を出そうとする」
「人のものを取ろうとして、それでもまだ自分が『良い人』だなんて思ってるクズが何言ってんだ」
基樹はエルフたちの前まで歩いて、彼らを魔力も含めて威圧する。
元は世界を壊せるほどの力を持つ魔王。
その威圧に、明らかにエルフはひるんだ。
「それともなんだ。逃げることは疎か、目を背ける事すらできず、地獄を見続ける覚悟があるのか?」
空気が強烈なほど重くドス黒くなっていく。
肉体が変わっても魂が変わっていないため、本当の意味で、魔王の威圧である。
「ヒ、ヒィ!こ、ここは退いてやる。だが、次にあった時は容赦しないぞ!」
エルフたちはそう言って、一目散に逃げていった。
「しかしまぁあれだな。たった五人でここまで乗り込んできたことだけは評価するべきなのかね?」
「単に舐めてるだけだろ」
「あ、そういえば基樹くん。なんで彼らが私達のことを見張ってたのか聞いてなかったよね」
「そういやそうだった。ちょっと聞いてくる」
というわけで、基樹が彼らを追いかけていった。
「鬼かアイツは……」
羽計が呟いた。
まあ、元魔王だ。鬼よりもっとひどいものである。
そして数分後。基樹が戻ってきた。
「なんか。緑の世界樹の上の方から写真が落ちてきたらしい」
「写真?」
「ああ。で、そこに写ってたのは、ぐっすりとベッドで寝てる秀星だったそうだ」
化身がカメラで撮ったのだろうか。
だが、世界樹の化身という概念を知らない秀星と基樹以外のメンバーは首を傾げる。
「世界樹の上の方には、今自分たちが手に入れているものよりも優れた果実があるのに、一個も地面に落ちてこないから、なにか秘密を握っているんじゃないかと思ったようだ」
「で、魔戦士としては剣の精鋭で活動してるから、全員を見張ってたってことか」
「そういうことらしいな」
ちなみに、見張っていたはずなのに今手を出してきていない理由だが、秀星たちがキャンピングカーに集まった時点で、見張り部隊の隊長から撤退命令が出たからだそうだ。
まあ、秘密を抱えているというか、エルフたちが思っている通りであることは間違いない。
「で、次あったらどうするんだ?秀星」
「……まだ物理的な被害がないんだよな。ぶっちゃけキャンピングカーのセキュリティが高すぎた気がする」
要するに……彼らが秀星たちを舐めているよりも、その数万倍くらい、秀星は彼らを舐めているのである。
解錠魔法まで使われたとしても、神器が絡んでいない以上ただの遊びであり、そこに怒りは生じない。
その程度の児戯に腹が立たないほど、秀星のそういった感情的な部分は焼き切れているのだ。
忘れてはならないのは、神器を手にするということは、何かが欠落するということである。
とはいえ、エルフたちに評価すべき点などない。
ただ単に、見限るのに苦労しないというだけの話だ。
「ま、あいつらが自分で『罪』ってものを自覚するか、それとも、俺が怒るのが先か、そのどっちかだろ」
何かを決めているようには見えない言葉で濁す秀星であった。
その口が獰猛な笑みを浮かべていることに気が付いていたのは、基樹だけである。




