第三百二十三話
「おお……こりゃ近くで見るとすげえな」
来夏がキャンピングカーから降りて、黒の世界樹を見上げる。
高さが千メートルもある大樹である世界樹のスケールは圧倒的だ。
もっと大きなものを発見しようと思ったら、それこそ人間を卒業して高次元の存在になるしかないだろう。
「しかも、空気中の魔力の密度が尋常じゃないね」
「うん。単に噴き出てるんじゃなくて、密度を変えていくように吹き出てる気がする」
雫が深呼吸しながら魔力を感じとっている。
風香は魔力が見える人はみんなする反応だ。
「あれが竜人族ですか……初めてみました」
アレシアが町で生活する竜人族たちを見ている。
とはいえ、日本とエインズワース王国にしか住んだことのない人間に取って、こういった他種族との交流は薄い。
「そう言えば疑問なんだけど……なんでみんな日本語で話してるの?」
千春が素朴な疑問を言った。
そして全員の視線が秀星の方を向いた。
「……何で俺の方を向くんだ?」
「何か知っているのではと思ったので……」
エイミーが全員の意見を代弁するが、秀星としてはそこで止められてもコメントに困る。
とはいえ、何故日本語で話しているのか。というのは疑問に思って当然だ。
アフリカあたりを調べれば分かるが、ものすごい種類の部族が住んでおり、そしてそれぞれで違う言語で話すのだ。
その代わり、音楽で言いたいことを表現する。という時もあるらしい。
それを考えれば、日本と直接かかわりがなさそうなこの場所で、なぜ日本語が話されているのか。というのは疑問だ。
世界中の人間と交渉するのなら、まず学ぶべきなのは英語である。
「俺もよくは知らんが……評議会とか最高会議とか、世界中で評価されるものが多いからな。多分、エインズワース王国で日本語が話されるのとほとんど理由は変わらんと思うぞ」
「なるほど、そういうことですか」
最も、その評議会はなくなったが、アトムたち最高会議への評価と言うのは世界から見ても高いのだ。
「さてと、適当にふらふらするか」
「だな。というわけで自由行動だ」
「時間はどうするんだ?」
「飽きるまで」
羽計は『コイツの頭は湧いてんのか?』と言いたそうな顔を向けた。
もちろん来夏は気にしない。
基樹が小声で聞いてきた。
「なあ、いつもこんな感じなのか?」
「まあ、大体」
いろいろなものがルーズである。
それが諸星来夏と言うゴリラだ。
常識など求めても仕方がない。
「というわけで、解散!」
言うが早いか、来夏は町の中に入って行った。
「……ねえ、秀星君」
「なんだ?」
「ここって日本円使えるの?」
「一応使えるみたいだな。円とドルには対応しているらしい」
店の中に入って行った来夏が出てこないのだが、それにはそういう理由もある。
「まっ、俺達も行こうぜ」
基樹がとくに何も考えずにカジノに入っていった。
「あ。基樹君」
そしてそんな基樹に美奈がついていった。
どうやらカジノに入って行くことそのものには何もないようだ。
というより、朝森家は母さんがギャンブルが強い。
秀星は小さいころ、パチンコ店で母親が球をジャラジャラ出しまくっていた光景が忘れられないのだ。
何度も何度も出禁をくらっていたような気がする。
そんな母さんと居たというのなら、美奈も当然ギャンブルにはまっているだろう。
メイガスフロントにも、学生は制限が設けられるが一応カジノはある。
そう言ったところに基樹と一緒に入って行くところを目撃しているので(ついでに秀星も突撃した。店長泣いた)、秀星も今更何かを言うことはない。
「さてと、俺は何処に行こうかね……」
「大型のショッピングセンターとかないのかな?」
「あれ」
秀星が指差す先には、なんというか、現代感あふれるショッピングモールがあった。
なかなか大きいものである。
というか七階建て。
「あ、行ってみようよ!」
秀星はどうしたものかと思っていたが、雫の提案を否定する理由はどこにもない。
と言うわけで入ることにした。
(前に来たときはこんなものなかったんだが……というか、この町に住んでるのって十八万人くらいだよな。こんな大型のショッピングモールなんて運営できるのか?)
いろいろ思うことがあるが入って行く秀星と雫。
中はなんというか……『現代のショッピングモールのレイアウトを参考にした異世界っぽい雰囲気の何か』である。
「……なんか、普通だね」
「商品はかなりアレだけどな」
まず電化製品が見つからず、全て魔法具に変わっている。
ただし、食品の管理に関してはほぼ日本と変わらないようだ。
「あれ?これ、賞味期限昨日じゃない」
雫がパックに入った牛肉を見せてくる。
確かに、賞味期限は昨日だ。
「店においてても大丈夫なのかな」
「誰も文句を言わないならそうなんじゃないか?こっちの餅なんて消費期限切れてる」
「それはさすがに……でも、何で大丈夫なの?」
「さあ?文化が違いすぎて分からんが、少なくとも竜人族は食中毒の菌にやられるようなやわな身体じゃないからな」
「でも、町に入って来るとき、門とか壁とかも無くて、勝手に入ってこられるんだよ?さすがに外に対してオープンなのにこれは……」
「まあ、言っても仕方がない。というよりまぁ……」
秀星は餅のパックを見る。
魔力的な痕跡があった。
「……あれだな。消費期限が切れてるって言うのはあくまでもパッケージの情報の話であって、魔法が絡むとそうでもないみたいだ」
「え?……あ、本当だ」
注視すると雫にもわかる。
といっても、そこそこごまかせる程度の時間しか稼げないと思うが。
「それにしても、竜人族ってこんなパックとか使うんだね」
「まあ、作れなくても世界中から輸入できるしな。そう言った工場から引っ張って来る役員とかもいるんだろ」
できない場合は金を払って頼む。普通のことである。
「あと……なんていうかな。店全体が変な感じが……」
「日本の店よりも魔力が濃いんだろうな。外に電柱がなかっただろ?全て電力じゃなくて魔力で補ってるんだ。だから、店内の電灯とかも全て魔法具。結果的に、魔力が店の中でも濃いのは必然だ」
世界樹の影響力は建物の中だからといっても例外ではないのだが、雫が言っていることの説明としてはもとからそうであると思われる。
「なんだか、若干違いがあるね。もっと探検すれば出て来るかな」
「出て来るだろうな。ただ、何も買わずに店を出るとただの冷やかしだと思われるから買っていけよ」
「分かってるよ!」
探検再開。
(さて、他の皆はどうなってるのやら……ていうか、コソコソと監視してきてるエルフがウザいな)
雫と買い物をしながら、秀星はそんなことを考えるのだった。




