第三百十三話
竜人族の住む場所は、今はまだあくまでも『ライフラインが確保された集合住宅』が立ち並ぶだけで、商業施設や労働施設ができているわけではない。
もちろん、そのライフラインに関しては魔法でどうにかしている訳だが、簡易的なものが並んでいるだけで、集合住宅が並んでいる訳だ。
十八万人と言う人数を収容するのは、それ相応に場所が必要である。
なお、竜人族が親を離れて一人暮らしを始めるのは十歳からだ。秀星は驚いたが。
集合住宅と書いたが、一軒家で一人暮らしだと明らかにスペースをとりすぎだ。
一人暮らしに必要なスペースが40㎡として、旅に出ている者たちが帰ってきたときのことをも考えて二十万人分作ったとすると、800万㎡。
一片が2.8キロメートルの正方形が必要になる。
もちろん、道路だって必要だし、それ相応に総合販売店も作らなければならないので居住区と言うものは広くなるわけだ。
そういうわけで、黒の世界樹のそばには集合住宅が並んでいる。
作っているのがバリバリのファンタジー種族である竜人族であることを考えると、時代と言うものは異世界でも案外進んでいるものである。
というより、異世界グリモアのどこかで見たことがあるようなものも見かけるのだが、この際それは置いておこう。
竜王が住んでいるのは、漆黒の宮殿である。
機能美と言うものを体現する集合住宅の中心に立っている宮殿は、竜人族全体の生活レベルの高さを示しているといっていい。
秀星としては、『武力を象徴する城じゃなくて、豪華さ、居住性を示す宮殿を作るなんて……迎撃に向いてないな』と思ったものだが、生まれつき強者である彼らに取って、そんなことは関係ないのだろう。
自信はあるし、誇りもある。
自己顕示欲はあるのだから示しもするし、見せびらかすこともある。
しかし、押し付けることはない。
竜王と、それに従う執事に寄って、そんな倫理観が存在するのだ。
社会である以上例外はいるだろうが、それすらも許容したものになっているのだろう。
天翔る最強種族の誇りなど秀星にはわからないが、尊いものだと思う。
「さて、こちらにアークヒルズ様はいらっしゃいます」
「なら、さっさと行こうか。時間は有り余ってるけど」
「そうだね。私もうずうずしている」
というわけで、早速中に入る三人。
そこでは……。
「あ~~~。昆布茶おいしい」
筋肉に包まれた抜群の体格を有する、黒髪黒目で身長二メートルを超える大男が、湯飲みを手に持ってダラッとしていた。
何をどう見ても『極楽』と顔に書いてある。
((おじいちゃんかお前は))
秀星とアトムは内心ハモッて、そしてそれを露骨に顔に出した。
シュレイオが溜息を吐く。
「アークヒルズ様。お二人がいらっしゃいましたよ」
「おお、そうか。すまんな。めちゃくちゃ重いものを運んだあとだから、ちょっと背中にいろいろキていてな。ちょっとまったりしていたんだ」
「……シュレイオが忙しくなりそうな理由がこんなところにあったりするんだろうな」
「そうだろうね。それにしても……」
秀星とアトムは、確かにダラッとしているアークヒルズに対して、不思議と嫌いにはなれない。
圧倒的な実力があることが分かる。
ダラッとしているが、底が見えないのだ。
怠けているほうに全力で体が動いているのが原因だろう。実力の部分が隠れすぎている。
『不自然さ』を見せびらかしているのだ。
とはいえ、それに追求するほど秀星は興味を抱いていないし、アトムも無粋ではない。
「俺は朝森秀星だ。よろしく」
「私は頤核だ。よろしく頼むよ。竜王」
「ああ。我はアークヒルズ。竜人族を統べる竜王だ。まあ見ての通り全力でだらけているが、どうやら分かってくれているようで何よりだ」
アークヒルズのその言葉に、秀星は溜息を吐いて、アトムは苦笑する。
「まず、我に聞きたいことはあるか?そちらからの質問に答えよう。ちなみに、我はあまり賢くないのでな。本音を隠しすぎると意味を組み取れないのでそこは承知してほしい」
「なら俺から。その湯飲みに『神とは中二病である』なんて彫られてるけど、何処で買ったの?」
秀星は部屋に入ってからちょっと気になっていたことを聞いた。
「ん?ああ。日本から時々来る行商人みたいな恰好をして、竜人族の住みかにやって来たお前さんそっくりの男が、いろいろ売ってきたからな」
「あ、なるほど」
「強そうだと思ってちょっかいかけたら一撃で沈められたがな」
「うちのバカ親父がご迷惑をおかけしました」
「気にしていないからいいぞ。で……」
アークヒルズはアトムを見る。
「ふむ、次は私か。君たちの目的を聞いておこうと思ってね」
「目的?」
「この町を見る限り、君たちの技術力はかなり発展しているといっていい。わざわざ君たちが、この場所を求める意味があったのか。それが私は気になっていてね」
「なるほど。町を見てきたのなら当然の疑問だな。そして、世界樹と言うものがどれほどの恩恵をもたらすのかを体験しているわけではないようだ」
アークヒルズは湯飲みをテーブルに置いた。
「我々にとって世界樹と言うものは、そばにいる権利を掴み取れるのなら、その権利は勝ち取っておくべき。という常識が存在する。ただ、その常識に従っただけのことだ」
「ふむ、日本に対して何か危害を加えるつもりではないようだね」
「それをしたところでどうにかなるとは思えんがな」
アークヒルズはチラッと秀星を見る。
そして、アトムに視線を戻した。
「我は支配など望まない。できると思うことそのものが慢心だ。それに、侵略を一度決心し、実行してしまうと、もう止まらない。自分たちで妥協点をどれほど見つけようと、止まることを誰も納得しない。そして、慢心と言うものは怖いもので、それは『恐怖』というものを塗り替えてしまう存在だ」
丸で経験したことがあるかのように、アークヒルズは語る。
「人は恐怖しなくなった瞬間。前だけを見て、上も下も見なくなる。そうなれば、自分よりも上のものにつぶされるか、自分よりも下だったものに超えられるか、そのどちらかと末路は決まっている」
今まで注意してきた部分をしなくなり、今まで目を光らせてきた部分を見なくなる。
そうなった瞬間。もう終わりなのだ。
「だから我は、侵略など考えない。勝てるビジョンが浮かばない存在がいて、なおかつ、侵略する自分を嗅ぎつけて、止めてくる可能性が非常に高い存在がいるというのに、なぜそんなことを考えなければならない。私は、身の程知らずになりたくはないと思えるほどの羞恥心は備わっているつもりだ」
アークヒルズはそう言って、一息ついた。
「なるほど、言いたいことは分かった。それと同時に……下方修正するべき部分と、上方修正するべき部分が出てきた気もするけどね」
「何、一度こうして対面したのだ。それが普通だろう。常に適切な評価ができるような存在であると、思っているわけでもあるまい」
「確かにその通りだ。そして……それが確認出来た以上、私がここに来る理由は、今はないね」
「なるほど、君も忙しいようだな」
「そういうことだ。秀星、すまないが、私だけ地上に降ろしてもらえるかな?」
「別にいいけど……もういいのか?」
「構わない」
秀星は『優先順位に忠実だな』と思いながらも、転移魔法を使ってアトムを地上に降ろした。
さてと。
秀星は、ここからどう会話をつなげたものか。と思いながら、アークヒルズに視線を戻した。




