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第三百十話

 世界樹は何かをつかさどる。と言ったが、これは『文明を築く者たちに対してのみ』というわけではない。

 モンスターの中でも、一部は好戦的と言うわけではなく、温厚なもの達は存在する。

 そのような存在は、世界樹が近くにあり、そしてそこに行けるとなれば、誰に指示されるまでもなく、自ずと移動し始めるものなのだ。


 とはいえ、ほとんどは文明を築くことができるもの達。

 魔法社会の中では『文明種』というカテゴリに当てはめられるもの達は、移動を開始するのだ。


 ★


「しかし、三つの世界樹から選ばれているとは……なかなかすさまじいですね」


 竜人族の執事、シュレイオは、秀星の前では見せていなかった翼を広げて、巨大なドラゴンの横で並翔していた。

 ドラゴンは黒い鱗を持つ巨大なドラゴンだが、至るところが太く、そして全長四十メートルほどある。

 ちなみに、たった今、大量の荷物を運んでいるところだ。

 主に工具類だが。

 ただし、その量が尋常ではなく、はっきり言ってこのドラゴンの体積の百倍では済まない。

 しかし、飛んでいるというよりは魔法的に移動しているドラゴンは、何事もないようにはこんでいる。


「その朝森秀星と言う魔戦士は、一体どれほどの強さなんだ?」


 その巨大なドラゴンがシュレイオに聞く。

 しゃべっているというよりは、そう聞こえるように直接空気を振動させているのだが、それは置いておくとしよう。第三者からすれば、単なる会話であることに変わりはない。


「そもそも、実力と言う点においては、私をはるかに凌駕することは、単なる事実ですね。正直、私があの場で下手なことを言った場合、勝つとか負けるとかそういうことではなく、逃げることすらできなかったでしょう」

「ほう……お前がそれほど評価するとはな」

「アークヒルズ様も、彼と接触する場合は気を付けてくださいね」

「やたら心配しているようだな」

「何をしでかすかわかりませんからね。それに……彼は、私を目にしても、その実力を正確に読み取ったうえで、警戒など全くしていなかったのですよ」

「……敵意がないことを初見で見抜いただけではないな。もっとほかに何か理由があるのか?」

「出し抜かれても一興だと思っていたということでしょう」


 シュレイオが訪ねた時、秀星ではなくメイドが出てきて対応した。

 そのメイドから筆談で言われたこと。


『あなたの目的は分かっています。そしてその上で、秀星様にあなたから何か対価を掲示することは控えて下さい。世界樹のそばで誰かが生活する程度のことで、秀星様は一々対価など求めません』


 シュレイオとしても、なかなかインパクトのある言葉だった。


「……私よりも多くの事実を知っている。ということなのでしょうね」

「ほう、そう思わせるほどの何かがあると?」

「そうですね……アークヒルズ様は、『価値』というものはどのようにして生まれると思いますか?」

「これまた抽象的で面倒なものを……どうせ答えに行きつかんからさっさと言え」

「あの朝森秀星が考えている『価値』と言うものはおそらく、『人が理解できないプラスの印象を持つ部分』のことです」


 シュレイオはそう言った。


「人は、自分でも簡単にできること、作れるものを評価することはありません。何かを生み出す工程を理解できないからこそ、人はそれに価値を与えます」

「言いたいことは分かるが……」

「世界樹の傍での生活。それは私たちにとっては大きなものですが、彼に取っても無視できるものではないはずです。しかし、住むだけならほとんど制限を要求してこなかったことを考えると……朝森秀星と言う魔戦士に取って、自分の中に存在する優先順位の中では、そう高くない場所にあるということです」


 何より、苦笑するしかない部分がある。


「そして今、私たちはその『彼に取って魅力が薄いこと』を達成するために、必死になっているわけです。『竜王の執事』である私が出た時点で、彼にはその必死さが伝わってしまった。マイナスの部分はありませんが、これは失態と言えるでしょう」


 アークヒルズはフンっと鼻を鳴らした。


「で、結局何がいいたい」

「いえ、ただ……私は、『理解できないこと』に『価値』があるとするなら、『理解できる』ということは『失望』だと、そう思っただけです」


 分かっていた方が安全なのは分かる。

 しかし、それではそこに魅力は感じない。

 人は『理解』という言葉を簡単に使うが、考えなおさなければならないと、シュレイオは思った。

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