第三百十話
世界樹は何かをつかさどる。と言ったが、これは『文明を築く者たちに対してのみ』というわけではない。
モンスターの中でも、一部は好戦的と言うわけではなく、温厚なもの達は存在する。
そのような存在は、世界樹が近くにあり、そしてそこに行けるとなれば、誰に指示されるまでもなく、自ずと移動し始めるものなのだ。
とはいえ、ほとんどは文明を築くことができるもの達。
魔法社会の中では『文明種』というカテゴリに当てはめられるもの達は、移動を開始するのだ。
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「しかし、三つの世界樹から選ばれているとは……なかなかすさまじいですね」
竜人族の執事、シュレイオは、秀星の前では見せていなかった翼を広げて、巨大なドラゴンの横で並翔していた。
ドラゴンは黒い鱗を持つ巨大なドラゴンだが、至るところが太く、そして全長四十メートルほどある。
ちなみに、たった今、大量の荷物を運んでいるところだ。
主に工具類だが。
ただし、その量が尋常ではなく、はっきり言ってこのドラゴンの体積の百倍では済まない。
しかし、飛んでいるというよりは魔法的に移動しているドラゴンは、何事もないようにはこんでいる。
「その朝森秀星と言う魔戦士は、一体どれほどの強さなんだ?」
その巨大なドラゴンがシュレイオに聞く。
しゃべっているというよりは、そう聞こえるように直接空気を振動させているのだが、それは置いておくとしよう。第三者からすれば、単なる会話であることに変わりはない。
「そもそも、実力と言う点においては、私をはるかに凌駕することは、単なる事実ですね。正直、私があの場で下手なことを言った場合、勝つとか負けるとかそういうことではなく、逃げることすらできなかったでしょう」
「ほう……お前がそれほど評価するとはな」
「アークヒルズ様も、彼と接触する場合は気を付けてくださいね」
「やたら心配しているようだな」
「何をしでかすかわかりませんからね。それに……彼は、私を目にしても、その実力を正確に読み取ったうえで、警戒など全くしていなかったのですよ」
「……敵意がないことを初見で見抜いただけではないな。もっとほかに何か理由があるのか?」
「出し抜かれても一興だと思っていたということでしょう」
シュレイオが訪ねた時、秀星ではなくメイドが出てきて対応した。
そのメイドから筆談で言われたこと。
『あなたの目的は分かっています。そしてその上で、秀星様にあなたから何か対価を掲示することは控えて下さい。世界樹のそばで誰かが生活する程度のことで、秀星様は一々対価など求めません』
シュレイオとしても、なかなかインパクトのある言葉だった。
「……私よりも多くの事実を知っている。ということなのでしょうね」
「ほう、そう思わせるほどの何かがあると?」
「そうですね……アークヒルズ様は、『価値』というものはどのようにして生まれると思いますか?」
「これまた抽象的で面倒なものを……どうせ答えに行きつかんからさっさと言え」
「あの朝森秀星が考えている『価値』と言うものはおそらく、『人が理解できないプラスの印象を持つ部分』のことです」
シュレイオはそう言った。
「人は、自分でも簡単にできること、作れるものを評価することはありません。何かを生み出す工程を理解できないからこそ、人はそれに価値を与えます」
「言いたいことは分かるが……」
「世界樹の傍での生活。それは私たちにとっては大きなものですが、彼に取っても無視できるものではないはずです。しかし、住むだけならほとんど制限を要求してこなかったことを考えると……朝森秀星と言う魔戦士に取って、自分の中に存在する優先順位の中では、そう高くない場所にあるということです」
何より、苦笑するしかない部分がある。
「そして今、私たちはその『彼に取って魅力が薄いこと』を達成するために、必死になっているわけです。『竜王の執事』である私が出た時点で、彼にはその必死さが伝わってしまった。マイナスの部分はありませんが、これは失態と言えるでしょう」
アークヒルズはフンっと鼻を鳴らした。
「で、結局何がいいたい」
「いえ、ただ……私は、『理解できないこと』に『価値』があるとするなら、『理解できる』ということは『失望』だと、そう思っただけです」
分かっていた方が安全なのは分かる。
しかし、それではそこに魅力は感じない。
人は『理解』という言葉を簡単に使うが、考えなおさなければならないと、シュレイオは思った。




