第三百九話
世界樹の移動。
それだけならまだしも、世界樹の方が主人を決めた。
まだ決めることが摂理上はできていない白と黒。
だが、実際に主人に決めているといっていいだろう。
そしてそれを嗅ぎ取って、世界樹の主人の許可を得るために接触してきた竜人族。
賢い判断と言えばそうである。
攻撃性能が存在しない世界樹、
島には特に武器や迎撃システムなどおいていないので、上空にあることを除けばバリケードは存在しない。
その上で、秀星本人を嗅ぎつけてきた竜人族。はっきりいってどうやって秀星を見つけることが出来たのか意味不明である。
もちろん、単純にパニックになり続けており、解決の糸口などさっぱり見えていない者達も存在する。
当然、エルフである。
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「一体どういうことだ!世界樹が消えるなどありえん!」
円卓がおかれている部屋。
座るものの平等を示すものでありながら、上下関係を示したい場合は上座とか下座が存在する机のことである。
座っているのは五人。男が四人と、女が一人だ。
「騒いでも解決にはならん。あり得ないことなど誰にもわかり切っている」
議長を務めているであろう入り口から一番遠い席に座る細身で老年のエルフが、その隣で騒いでいるまだ若いエルフに対して威圧するように言う。
若いエルフは苦い顔をしながらも、席に座り直す。
「だが、理解ができん。世界樹が消えてなくなるなど」
「そうだな。前例にない、だとか、そんな言葉が陳腐に思えるほどだ」
「一刻も早く見つけないと。このままだと、今のままの生活を続けていくことすらかなわないわ」
口々に言い続ける着席した者達。
ただし、その言葉に生産性はない。
第一、似たようなことは既にこの会議の中で言い続けている。
なお、里の者たちからは抗議・説明を求める声が多数だ。
今まで、世界樹と言う魔法資源を独占することで繁栄してきた種族。
当然だが、世界樹が機能しなくなる。もしくは世界樹がないと、今まで通りにことがすすまない。
エルフたちにも、魔力を大量に使う兵器などがあるのだが、そう言ったものの運用には、世界樹から供給される魔力が必要になる。
要するに、ありとあらゆる前提に、『世界樹』がかかわっている。
言いかえるならそれは『依存』とも言えるのだが、それが当然だと思ってこれまで生きてきたのだ。
しかも、彼らはエルフだ。
人間が百年しか生きられないのに対して、彼らは百年と言う時間を鼻で笑うことができるほど生きることができるし、実際に生きている。
それほどの長い時間、世界樹がそばにあり、安泰の道を進んでいたのだ。
絶対に覆ることのない『エルフと世界樹が共にある』という前提。
それが消えたのだから、混乱しないわけがない。
「だが、どこにあるというのだ。世界樹が跡形もなくバラバラになったとは考えられんが、どこかに移動させることが出来るとは思えん」
彼らにも、『転移・転送魔法』という概念が存在し、そしてそれを実際に行使することが可能だということは知っている。
だが、世界樹のような巨大な物体を動かすなど、常識外だ。
世界樹の恩恵を得て生きていることが当然の者たちなので、世界樹を移動させるということはほぼあり得ないのだが、それでも、その手段が存在し、行使できる存在がいるということをまだ認められない。
プライドというか、種族が持つブランドと言うか……。
要するに、『エルフがこの世で最も優れた種族なのだから、自分たちにできないことを誰かがすることなど不可能』と言いたいのだ。
もちろん、個人として見た場合、世界樹の影響もあって、魔法に優れていることに変わりはない。
沖野宮高校の生徒たちくらいなら、ハイエルフと呼ばれる彼らは簡単に踏みにじることが出来るだろう。
「世界樹からの資源がなければ、周りとの交渉もできん……」
世界樹が実らせるものは様々だが、当然ランクに差はある。
下に位置するものを他に売ることで、金を得て、そしてそれをもとに周りから物を買って、彼らの生活は成り立っている。
もちろん、エルフと言うブランドを利用した圧迫交渉が常套手段だ。
世界樹がないとなれば、彼らにできるのは精々傭兵になることくらいであろう。
ありとあらゆるものを生み出せる世界樹は、生み出せるものは決して食品だけではない。
地面に植えるだけで、家になったり屋敷になったり、温泉になったりと言った『施設』
布を超えて服まで生み出せる。
世界樹からもたらされる恩恵だけで、『衣食住』がすべてそろうことになる。
そんな状態なので、彼らは何もできない。
世界樹のそばにいたことで手にいれた戦闘力を使って、周りを侵略して支配するか、もしくは傭兵として戦力的価値をアピールするか。
だが、まだ彼らはそんなことはできない。
そんなものになり下がることはできない。
「どうする……どうすればいいの……」
彼らはまだ、『無条件に、周りを下に見ていたい』のだ。
まだ彼らは、見上げることを知らない。
見上げた先にあるものが怖いことを知っているのか。
ただ彼らは見下ろすだけであった。




