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第三百六話

「……で、なんで来たの?」


 自宅の庭で作業をしようと考えていたとき、アトムが来た。


「いや、世界樹というものがどういうものなのかを確認しておきたかったということと、浮遊島を作るところを見たいという感じだね」

「別にいいぞ。別にアトムなら世界樹を見られても問題はないし、浮遊島は俺からすれば大した技術じゃないからな」


 規格外で余裕もある秀星。

 それをアトムは生暖かい目で見始めた。


「……どうした?」

「いや、なんというか、君がどこかの組織に、一般のメンバーとして所属しているということがなかなか頭の中で納得できていないだけだよ」


 正直、浮遊島を作るという作業をランクが低いこととして考える秀星の頭はぶっ飛んでいる。

 はっきり言って解決できることが多すぎるだろう。

 ここまで来ると、アトムとしては『もういっそのこと、魔法社会を表に出して、ユーザーを増やしたほうがいい気がするなぁ。政治的な混乱は自分たちでどうにかするとして、武力的な混乱は秀星に押し付けても大丈夫そうだし』とか考えるのだ。

 そして秀星の場合、この地球で起こる暴動程度なら本当にどうにかしてしまいそうなのだからタチが悪い。


 とはいえ、スケールが大きい秀星だが、こればかりは、異世界という地球からは絶対に知ることができない場所で数多くの実験ができていることが大きい。

 神器を手に入れてすぐに、『容赦しなければここまでできる』というラインがわかっているのだ。


「ていうか、どこに行っても同じだからな。金や権力、人脈がなんのためにあるのかって言われると、結局は充実感を満たすためだろ?細かい部分を見ればいろいろあると思うが基本それだけだ。なら、入りたいと思ったら簡単に入るさ」


 新しい武力を必要とはせず、生活の快適はセフィアがいるので今のままでも十分なのだ。

 求める意味がない以上、『利』で判断することはない。


「さてと……で、アトムは世界樹を見てどう思う?」

「そうだね……私からは普通の木にしか見えないのだが」

「それが世界樹の基本能力だ。申請する必要があるけどな……」

「なるほど。だが、隠していても、世界樹だとわかっていれば、膨大な何かが生み出されていることはわかる。これが『世界最大の生産者』の力というわけだね」

「そういうことだ。さて、島を作りますか」


 秀星はタブレットとマシニクルを出現させる。


「まずは……『クリエイト・テンチカイビャク』」


 タブレットが輝くと、巨大な魔法陣が上空に出現。


「……あ、わかる人はわかるけど、俺とアトムにしか見えてないからな」

「心臓に悪いから先に言ってくれ」

「善処する」


 魔法陣からは、本当に大地のようなものが出現している。


「大きすぎないかな?」

「直径五百キロメートルの円盤型だからな」

「円盤の厚さは?」

「十キロメートル」

「……スケールが違いすぎるね」

「アトムの神器だって、容赦しなかったら同じくらい意味不明なことは可能だけどな。さてと……」


 秀星はマシニクルを向ける。

 そして引き金を引くと、0と1で出来た帯のようなものが島に向かって伸びていく。

 何やら島が鳴動しているようにも見えるが。


「……これによって浮遊することができるのかい?」

「セキュリティもバッチリかけておかないとやばいからこう見えて結構本気だけどな」


 帯がすべて島の中に消えた。


「ふむ、私の目算ではあるが、確かに高度は減少していないようだね」

「お前も十分バケモンだな」

「まあね。ところで、あんなものが上空にあるのに、なんでこのあたりは暗くならないのかな?」


 普通なら日光が届かないはずである。


「ん?……そういうことにしただけだ」

「そういうことにした。というのはどういうことかな?」

「言葉通りだ。一応その内容としては、あの島が、それに付随する情報に支配されるようにして、自分に当たる日光を二倍にして、半分が素通りするようにしているんだ」

「そんなことが可能なのかい?」


 アトムは混乱しているようだが……。


「アトム。忘れたのか?神器っていうのは『再定義』する力が強いんだよ」

「……ふむ、そう言われるとそうだったね」


 それだけ聞いて納得してしまうアトムもアトムだが、そういうものだ。

 神器と対決するときに常識でものを見てはいけない一番の理由がこれだ。

 抜け出せない自分だけの常識など、この『再定義』の前ではゴミも同然。


「さて、それじゃあ世界樹はお引越ししようか。あ、ちょっとだけ根っこを引っ込めておけよ〜」


 秀星はタブレットを光らせて、二つの世界樹に魔法陣を出現させる。

 すると、世界樹は次の瞬間には消えていた。


「はい、引っ越し完了。ひとまず作業は中断だな」

「行かなくてもいいのかい?」

「世界樹にだって見られたくない作業はあるってことだ。浮遊島の一部を都合のいいように作り変えるんだが

なかなか絵面がヤバイから、作業を見られたくないみたいなんだよね」

「ほう」

「だから、近くに人がいるとその作業をやらない。そうなれば、結果的に最善な形にならないからな」


 これは引っ越しのとき限定の話だがな。


「……ただ、世界樹がここから離れても、増えた魔力がもとに戻るわけではないようだね」

「世界樹は単にばらまくんじゃなくて、『密度』を変えるからな。いなくなっても変わらんよ。変わるとしてもかなり時間がたった後だ」

「よく覚えておこう」


 というわけで。


「ちなみにその定着は一週間かかる。というわけで、作業するとしても一週間後だぞ」

「なるほど、なら、私は一旦帰るとしよう」


 秀星は『また来るのか?』と思ったが、『まあ別にいいか』とも思った。

 アトムがいようといなかろうと、作業のペースは変わらないのである。

 帰るとなるとさっさと帰っていくアトムを見ながら、そんなことを考えていた。


「さて、俺は寝るか」


 世界樹が離れても、化身はそばにいる。

 実際に、緑は離れたところから来ているのだ。

 いずれにせよ、これから一週間、世界樹に対していえばすることがないことも確かである。


 ★


 白と黒の世界樹が転移した瞬間から、浮遊島は激震していた。

 というより、一般家庭の庭という条件だったので、どうしてもサイズの限界があったのだが、その制限がなくなったことで、自らを大きくしようと容赦のない改変を行っている。

 ちなみに、この大地にはすでに、秀星がエリクサーブラッドを絶大なほど注入し、循環させている。

 0と1の帯は、確かにシステムを埋め込んだが、それと同時に、圧倒的に濃縮されたエリクサーブラッドを同時に打ち込んでいた。

 改変のエネルギーは十分ある。


 そして、改変した後でデメリットもない。

 容赦をする理由がないのだ。当然、自由にやる。


 緑は、白と黒と話し合っていた。

 寝ている秀星のそばで話す三人。

 その視線は、多くが浮遊島に向けられる。

 いろいろ考えることはある。

 しかし、行き着く思考は、ずっと同じ。


『私も行きたい』


 緑は、そう思うのだった。

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