第三百話
久しぶりの学校だった。
ジュピター・スクールももちろん学校なのだが、普通科ではない。
そのため、普通科としての授業は全くなかった。
「ぐぐぬぬにゅぬうううう」
雫がわかりやすく奇声を発している。
帰ってきてから担任講師に言われたことが起因する。
『さて、皆さんがこの二週間でするはずだった部分で、重要なところをピックアップした小テストを作りました。あ、自己採点で提出する必要はありませんから、安心してくださいね』
というありがたいお言葉である。
帰ってくる前日とかそういった段階になると、なんとなーく教科書を見ていた生徒はそれなりにいた(担任の性格を知っているからなのだが)。
だがしかし、『後のことは後で考える』と考えた生徒も数多いのだ。
タチが悪いのは、その『後のことは後で考える』の『後』というのが、秀星たちにとっては『今』だということである。
基本的に人間は棚上げする生き物だが、『後のことは後で考える』というのは、『今』と『後』の時間差があまりない場合、使ったところで地雷にしかならないというのが担任からのメッセージだ。
秀星の机の位置からは雫が見えるのだが、なんというか、彼女にとってはテストの答案が地獄への片道切符に見えたかもしれない。
提出する必要はないというものであり、一応往復券だったので帰ってきたといったところだ。
しかし、わけのわからん奇声を発していることに変わりはない。
一夜漬けで及第点を取る。本番に強いタイプ。いろいろ言い分はあるが、もう一つ確信を持って言えるのは、『仮に秀星がアルテマセンスを持っていなかった場合、おそらく結果は雫の二の舞だった』ということだ。
情けない話である。馬鹿な話である。
だが事実でもある。世の中というのは世知辛い……。
「担任があんな爆弾をぶっ込んで来るとはなぁ……?なんで君たち、そんなにストレスためてるの?」
秀星は家に帰ってきた。
雫は羽計に拉致されたので無視。
そして世界樹を見たわけだが、なんというか、ストレスを抱えているようだ。
秀星はキョロキョロと見渡す。
すると、家の角から秀星の様子をうかがう元気そうな白い幼女と、ボーッとしている黒い幼女がいた。
「あ、もう化身が視れるようになってたのか」
世界樹の状態や気分を周りに偽りなく伝えて、または訴えるために出てくるもの。
実際にそこにいるわけではないのだが、動いたとしてもかなり存在感が希薄であり、その希薄さは抱きつかれても気が付かないものが多いほどだ。
基本的に、『どれかの世界樹の主人』にしか見えない。
しかも、希薄な上に、情報的に見れば『事実上はそこにいないのと同じ』である。
なんとなく言いたいことを察することはできるのだが、周りの空気を震わせることができないので、実質的にしゃべることはできない。
世界樹がどれほど長い年月存在していたとしても、化身の外見年齢は変わらない。
というより、幼女の姿を取ることで、主人の保護欲を刺激するように出来ているのだ。
ちなみに、幼女を甲斐甲斐しく世話したところで、世界樹の方を放置すると本末転倒である。
途中で訴えてくるのでわかるのだが、一応言っておく。
「一体どうしたんだ?」
秀星は角まで行く。
すると、そこにいたのはボロボロになった緑の世界樹の化身だった。
「……」
チラッと白と黒を見る。
白は上目使いで、黒はボーッとした表情で秀星を見ている。
(なんだろうな。この……何をするかは決まっていても何を反応すればいいのかわからない感覚)
秀星も一応この時点で、黒のデフォルトがぼーっとしている状態なのだということは理解している。
だが、何かが違うと言いたい。
「わかったわかった。なんとかするから、お前たちも協力しろよ」
白と黒を見てそういった。
白の表情が輝いた。
黒はボーッとしている。
(……もういーや)
理解することを放棄した秀星。
頭をガシガシとかきながら、白と黒の世界樹の間に立った。
そして、右手にマシニクルを出す。
黄金の拳銃を目にして、白が不思議そうな顔になるが、秀星は無視。
「さてと……マシニクル。『ミーティア・インジェクション』を展開」
秀星がそう言うと、銃口のそばに『Meteor injection』と表示される。
そして、巨大な固定砲台のようなものが秀星に装着されるように出現する。
若干上向きなのは、まっすぐ飛ばすのではなく、円軌道を用いて地平線外射撃を行うためのものだ。
それがガシャガシャと装着される。
そして、地面に砲台を固定するように、四本の杭が地面に突き刺さった。
「準備完了、位置情報のリンクと、エリクサーブラッドの補給を同時に行え」
レーダーが2つ。そしてタンクのようなものが出現。
秀星の首や腕からは、大量の血液がタンクの中に送られていく。
普通であれば致死量を超えているが、もちろん、秀星は普通ではない。
エリクサーブラッドは、すぐに供給されるのだ。
そして、レーダーからは緑の世界樹の位置情報が送られてくる。
チラッと見ると、黒と白が緑に抱きついていた。
「さてと、このあたりだな」
タンクの中に血液の補充が完了し、ロケットの中に装填される。
そして、ロケットの発射角度が修正された。
……ちなみに、ロケットの中にタンクを入れたままでも血液の補充は十分可能であり、そもそもロケットの方には抜群の自動調節機能があるので、この流れははっきり言って無駄である。
そもそも、砲台にしたってまず出現したあとで秀星に装着されて、その後で杭を打ち込んだが、急いでいるときはそこまで一瞬で終わる。
オマケに、血液の補充も、マシニクルは骨髄に直接接続できるし、エリクサーブラッドの性能を考えると、血液の補充は一瞬だろう。
総じてかなり時間を使っているのだが、まあこれは、演出を気にしたマシニクルなりのアレである。
白が目をキラキラさせているのでいいとしよう。
「3、2、1、ファイア!」
そう言って引き金を引き、ロケットを射出させる秀星。
もちろん、必要のないことである。
カウントダウンも、引き金を引くことも。
ちょっと乗ってやっただけだ。そういうことにさせてほしい。
そして数秒後。緑の体に変化が起きた。
髪も、肌も、ワンピースも、白や黒のような輝きを取り戻して、光沢あふれるものに一瞬で変わった。
白と黒と抱き合っている姿を見て、成功したのだとわかった秀星。
(ただ……あそこまで過剰に変化して大丈夫なんだろうか)
急激な変化というものはあまり良くない場合がある。
心配はないはずだが、あえて言えばそこが少し気がかりな秀星であった。




