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第二百七十八話

 その頃、来夏と秀星を除く『剣の精鋭』と美奈がミニスカメイド服で頑張るメイド喫茶『ドリーム・モーメント』は、かなりの盛況であった。

 第一、全員がすぐれた魔戦士であり、ダンジョンの中にかなり長く潜ることもあるので、かなり体力がある。

 当然、対応し続けることは不可能なので休憩を挟む必要があり、客が狙ったメンバーのミニスカメイド姿を見られないということはあるかもしれないが、そこは客側が妥協すべきだと、特にオタクは判断した。

 普段からサブカルチャーに諭吉を溶かすようなオタクとなると、そのあたりは既に暗黙の了解として認識し、習得している。ある意味、こういうときのマナーにおいては最強である。

 当然だが普段からメイド喫茶に行くようなオタクもいる訳だ。

 そういったオタクは、守るべきものが分かっている。

 推しはある。だが、頑張っている姿を見たいわけであって無理をしている姿を見たいわけではない。そのあたりの線引きは必要なのだ。

 第一、納得するのは若干遅いが慣れるのは強烈に速い。オタクのサブカルへの適応力は絶対的である。


 かなり多く……というか他の学校からも来る。

 そのため、制服の種類はそれなりにバラバラである。

 無論、ほとんどそんなことに興味がないほど忙しいというのが事実なのだが。


 で、実際に働いている全員が考えていることは『なんでこの自動配膳機。食材が尽きないのだろう』ということだ。

 明らかに体積を超えた量の食材が出てきている。というか配膳機そのものがあまり大きくない。

 そのため、かなり不思議だったのだが、『まあ秀星が出したものだから』と納得した。

 あまり本人たちが理解していない説得力である。


「ふう、忙しいね」

「当然だろう。まあ、正直整理券が必要だとは思っていなかったが……」


 サービス業というのは『質の高さ』はたしかに重要だが、客の欲望というものを考慮する必要がある。

 さらに言えば、風香と羽計、アレシアは名家出身で金の扱いも分かっている。

 といっても、メイド喫茶で重要なことといえば、『客の支払い能力に合った価格設定をする』くらいのものだが。

 総合的に見て高品質なのですごいことになったわけである。


「でもなんだか、私は視線の集中度が低いような……」


 ブツブツ言っているのは優奈だ。

 正直、剣の精鋭のメンバーはかなり胸囲的……間違えた。驚異的なフェロモンを発していると言っていい。

 さらに言えば、優奈と同い年の美奈がDで、優奈はギリギリCでほぼBなのだ。

 もっと年齢が低い美咲に関して言えば、まだ小学五年生である。

 キャラ的にちょっと思春期だなぁと思う程度で、言うほどはない。

 ただし、インパクトを求めると、強敵がいるのだ。

 それは……。


「う?」


 小さな体でドタドタ走り回る沙耶ちゃんである。

 しかも邪魔にならない様に走っているのだ。

 具体的には、誰も立っていないエリアに移動してから動き回っている。

 正直、一歳にすらなっていないと考えると純粋に不自然である。

 あと、たまに小さな虎状態のポチの上にまたがって、ロデオをやりたがる。

 別にポチは馬でも牛でもなければ、荒ぶっているわけではないのだが、なんとなく乗っかって『うー!』と叫んでいるので、多分ロデオが目当てなのだろう。あくまでも多分だが。


 とまあ、そんな赤ん坊がいるので、インパクトと言う点では到底及ばない。


「正直、ここまでだとは思っていなかったです」


 エイミーとしても予想外である。

 アメリカではほぼ逃亡生活だったので、こういった形で求められるのはなかなか慣れないようだ。


「ふう、さて、そろそろ休憩が終わりに……」


 雫がそういった時、ドアが開いて満面の笑みの美奈が入ってきた。


「お姉ちゃんが来ました!」


 休憩室にいた四人の空気が凍った。


「お姉さんいたっけ?」

「いますよ」

「なるほど。まあとにかく。見に行こう!」


 ということで元気よく休憩室を出る雫。

 秀星と美奈の共通点は、黒髪に白のメッシュだ。

 雫がそれを探すとすぐに見つかった。

 髪を短く切っている美奈とは違い、腰辺りまで伸ばしている……二十歳くらいの女性だった。

 身長はほぼ秀星と同じくらいだろう。女性の平均と比べて高い。

 美奈が清楚な感じに育てばこうなるだろう。といった雰囲気である。

 胸は……美奈の姉ということなのだろう。大きい。

 剣の精鋭の中でもかなり大きい雫と同じくらいである。

 ただ、お腹もかなり出ている。

 妊娠しているようだ。しかもかなり大きい。


「お、おお……なんかちょっと意外」

「そうだな。秀星よりちょっと上くらいだと思っていた」

「フフフ。はじめまして、朝森育美です。弟と妹がいつもお世話になっています」

「この女性としての雰囲気。まさしく秀星君のお姉さんだね!」


 どういうことなのだろうか。


「あと、すでに結婚していて、子供がもうすぐ生まれるんです」

「あ、おめでとうございます」

「どうも。秀星はいい仲間を持ったみたいね。姉として嬉しいわ。あら……」


 育美の目線は、ロデオ中の沙耶に向かった。


「……かなり、元気な子ね」


 現実逃避という名の大人の対応というものである。


「そうですね」

「ただ、秀星も赤ん坊の頃はお父さんに似てすごかったから、私の息子もそうなる可能性があるのよね。私も小さかったころのことだけど、ビデオとかに残ってるからよく知ってるわ」

「……」


 喫茶店では、『正直やばいな』と思うことに加えて、『生まれるのが息子。なら、あの子ともし結婚して子供なんて産んだら……』と背筋を凍らせるものもいた。


「……楽しい話をしましょう。これ以上この話を続けていても、誰も幸せになれないので」


 フォローしたのは雫。

 一応、時間変更前も含めれば二十六歳である。

 完全に育美よりも精神の年齢は上なのだ。精神年齢は知らないが、精神の年齢は上である。

 ちなみに来夏と比べても雫が上である。


「そ、そうね。楽しい話をしましょうか」

「といっても、今は営業中なので、そのあたりの加減はお願いしますね」

「わかっていますよ」


 とはいえ、切り替えるとなれば速いのが女性というものである。

 話が終わらないというより、すぐに話題が切り替わりまくるので終わりようがないといったほうが正しいが、いずれにせよ。終わらないことそのものに変わりはない。


 すこし微妙な空気になったものの、それでも続くのが喫茶店というもの。

 話をするためだけに邪魔するわけにはいかないので、営業時間が終われば会うということにして、育美も帰って行った。

 ただ……子供を産むということは、本質的にはギャンブルに近いのではないか。

 そう思わせる何かが、育美の背中から感じられたのだった。

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