第二百七十六話
秀星は確かにいろいろとメールで返信して無駄をなくしたりしていたので、結果的に、『どんな内容なのか』というより、『どんな雰囲気になるのか』と言うところばかり気にしていた。
大体、聞かれたことを並べていけばある程度分かるものだし、言うほど根本的なことを聞いて来る研究はそう多くはない。
そうなれば、確実に関連性があることが発表される。
ちなみに、秀星がセフィアに報告させていたのは、秀星がメールで答えを求めてきた研究会だけである。
その他の研究会に関してはまだ見ていなかった。
そして、セフィアが見ることを進めてきた研究会が一つだけあった。
「……ここだな」
それなりの大きさのブースだった。
というより、大きな機材を用いる必要があるので壇上が広く、それに合わせた場所をとったために客席も広くなった。と言った感じである。
「『変質魔力・意志力について』か……」
そこまで考えた時だった。
壇上の端から、一人の男子生徒が上がってきた。
ジュピター・スクールの制服の上から白衣を着ており、ボサボサの黒髪とだらけ切った瞳をしている。
生徒は壇上に上がると、マイクを手に取ってお辞儀した。
「ようこそ。僕は高等部三年の天森勝人です。本日は、『変質魔力』である『意思力』についての研究を発表します」
そういって、マイクを握り直す勝人。
「さて、まず『変質魔力』という名称に聞き覚えがない人も多いと思いますので、簡単な説明です。変質魔力と言うのは、近年に提唱されたばかりの理論で、特定の物体に魔力を高密度で集中させた場合に発生する現象のことを言います。意思力。というのは、『自律的』という分野でそれを研究したものです」
そういって、勝人は一本のシャーペンを出した。
「例を上げるための物体として、例えばこのシャーペンですが、もちろん使う用途としては『文字や図形を書く』というもので、人が使う場面では、それ以上のものが求められることはありません。というより、『求められても答えることはできません』ね」
プロジェクターに映るように近くにあった紙にサラサラと適当に丸を書く勝人。
そこに、何も特別なものは感じられない。
勝人は次に、ポケットから一本の二色ボールペンをとりだす。
見る限り、色は赤と青。
「さて、この二色ボールペンですが、魔力を『超高密度』で注入したものです」
その言葉に、一部で唾を飲むものがいた。
「もちろん、ただ密封空間で圧迫したものではなく、ちょっと入れ方を工夫していますが、その工夫も、三十年くらい前から使われている物なので、まあ小細工の範囲です」
勝人は壇上のカメラに映るテーブルの上に、白、赤、青、黄、緑の五色の色紙をとりだす。
「さて、色々おいていますが、このボールペンは二色で、赤と青です。ちなみにカメラにも映していますが、僕はまだペンをノックしていません。インクはペンの中に引っ込んでいます」
勝人はそのまま、紙の上で二色ボールペンを赤い紙の上に当ててずらしていく。
だが、動いた様子はない。
「今このボールペンは、どちらもペン先が引っ込んでいます。このため、引っ込んだ状態を維持することで、『書かない』ことを選択しているわけですね」
次に勝人は、動かして赤い方のペン先を出した。
「さて、赤い方を出しました。これで一度、赤以外の紙に当ててみると」
実際に赤い紙以外に書いているが、普通にかけている。
「特に変化はなく、赤い線が引けましたね。それでは、赤い紙にもやってみましょう」
勝人が赤い紙にペン先を当てる。
すると、赤いペン先が引っ込んで、青いペン先が代わりに出てきた。
そのまま、赤い紙に青い線が引かれている。
「見ましたか?」
ペン先を紙から放して、もう一度赤いペン先を出して、紙に当てる。
すると、また赤いペン先が引っ込んで、青いペン先が出てきた。
「この色紙ですが、実はこのペンで引ける色に可能な限り近くした物を用意しています」
新しく二色ボールペンを出す。
「こっちのボールペンは魔力を入れていない方です」
魔力を入れていないボールペンで赤を出して赤に書いてみたが、色が出ているのかよくわからない。
秀星が本気で見てぎりぎり分かる程度だ。
「実際に書いてみたこの紙を見れば分かりますが、近くにいる僕も線が引かれているのかほとんどわかりません。要するに、赤に対して赤で書いても『意味が無い』ということです」
また魔力を入れている方で赤を出して、赤い紙に当てる。
すると、また青に変わった。
「このペンは、『自分で意味があることを選択している』ということになります。さて、この段階で質問はありますか?」
少しざわついているが、手を上げるには至らないようだ。
だが、秀星は手を上げる。
「はい。どうぞ」
近くにいたスタッフの生徒からマイクをもらったので、秀星は話し始める。
「そのペンで、もしインクが切れていた場合……例えば赤のインクが切れていて、青にインクが残っている場合、そのペンは何を選択するんですか?」
「なるほど、良い質問ですね。なら、実験してみましょうか」
そういうと、勝人は近くの道具箱を開いて、別のボールペンを出した。
そしてそれで白い紙に線を引く。
赤いインクは付かず、青い線だけ引かれた。
「さて、実を言いますと、この魔力を注入したボールペンですが、全体的に魔力を注入していますが、このノックする部分には特にいれています。別にインク部分その物は関係ないわけで……」
そういって、インクが残っていないほうのインクの棒を、魔力を注入した方のフレームの方にいれた。
意外とセッティングが早い。
というより、セッティングを早くするためのボールペンを作ったという方が正しいだろう。
進行がスムーズである。
「これでほぼ条件は同じですね。そして、これで実際に線を引こうとした場合、あなたはどうなると思いますか?」
秀星はこの勝人の切り替えしに、『こいつ上手いな』と思った。
実際、自由研究をする時に必要なのは予想することだ。
今までは単純に勝人が調べたことを発表していただけだったが、今回は秀星が質問しているので、こう言っているのだろう。
「……赤が付かないってことは、青い紙に何かを書こうとしてもつかないんだから、『どちらでやっても変更しない』ということでは?」
「なるほど、実際にやってみましょう」
勝人は赤い方、要するにつかない方を出して、青い紙に当てる。
だが、変化はなかった。
そして、インクは入ってないのだから、当然、線は引かれない。
「では、次は青い方で」
勝人が青を出して、青い紙にペン先を当てる。
すると、青が引っ込んで赤が出てきた。
もちろん、インクがないので線が引かれない。
「……変わった」
「そうです。変わります。ではもう一度聞きましょうか。何故かわったと思いますか?」
「……いや、ちょっとわからないですね」
「そうですか。ただ、理由はすごく単純です。このペンは、インクを『節約』することを選んだのですよ」
「あ……単純って言うか……意外と学習能力が高いですね」
勝人は満足そうにうなずいた。
「そうです。意外と高いんです。よく覚えて置いてください」
そういうと、勝人は他の方を向いた。
「他の皆さんは質問はありませんか?」
五秒程度待った後、勝人は次に進んだ。
「さて、次に行きましょうか。先ほど言いましたが、『意外と学習能力は高い』んです。それでいて、自分の本質が見えているというか……いえ、目はないので見えているのではなく分かっているとしておきましょうか……あ、空気が凍りましたね」
自分でもちょっと寒いと思ったようだ。
「さて、このペンを使った実験だけで、『意思がある』……とまでは行かなくとも、『意味があることを選択しようとしている』ということは皆さんも納得していただけたと思います。その上で、この『変質魔力』の『意思力』を研究する上で、もっとも重要なことを説明しましょう」
勝人は道具箱からまた別の二色ペンをとりだす。
「こちらも魔力を入れたものです。さて皆さん。これ、壊したらどうなると思いますか?」
明らかに分かるほどざわつく。
というより、どんな答えを求めているのかが分からないのだ。
「じゃあ、実際に壊してみましょうか」
そういって、勝人は両手でペンをもってバキッと壊した。
当然だが、ただの二色ペンに耐えられるわけもない。
「さて、皆さん。何か分かりましたか?」
秀星はカメラの映るペンを見る。
そして、その下にある、小さな紫色の欠片があることを発見。
(あんなのあったか?……って、あれ、まさか!)
秀星は驚愕する。
勝人はその欠片を拾い上げて、カメラによく映るように見せる。
「みなさん。これ、何だと思います?」
誰も答えない。
いや、一部のものは分かっているかもしれないが、理解したくないというのが本音だろう。
「魔石ですよ」
その答えにざわつく。
だが、勝人は両手をパンッと叩いて客を黙らせた。
「皆さんもわかったと思います。壊して、その結果魔石が出てきた。このペンは、広義的には『魔物』です」
客は全員が口を閉じた。
「もちろん、生後……本当に最初から人の手で育てられた魔物は、人に対して危害を加えることはなく、さらに言えばこれは道具なので、そもそも反抗していては捨てられるだけです。そのため、反抗することはありません」
勝人は続ける。
「最初、『魔力の入れ方を工夫した』と言いました。厳密に言うとこれは、部品ごとに別の濃縮力で注入され、その上で、同系統の部品は同じ密度で注入したものです」
言い換えるなら、モンスターの体内も同じように、パーツごとに密度が異なり、同系統の場合は同じ密度だということ。
「僕が提唱する『意思力』と言う理論は、こうした部品ごとの分けられた密度の魔力が集まった『統合体』であるとしています。パーツが多ければ多いほど、物体そのものに選択肢が生まれ、そして複雑化して行きます」
一度言葉を区切る勝人。
「部品が集まって出来た『統合体』は、自らが持つ機能を理解し、道具であれば、便利さを主張するために、所有者が満足する『自動化』を再現します。動物であれば、『本能』と同期し、それに従います」
ただし、と続ける。
「皆さんが作りだしている『魔法具』ですが、これらは『付与魔法の魔法陣』が媒介となっているもので、全くの別ものです。それは覚えて置いてください」
そう言うと、肩の力を抜いた。
そろそろ終わりだろう。
「以上で僕からの発表は終わりです。個人的に質問をしたいという方は、ホームページを作っていますのでそちらからどうぞ。あと、この魔力を入れた二色ペンですが、一本千八百円で販売していますので、お土産にどうぞ。少々お高いですが、研究費の元をとるためにはこれくらい必要なのでご了承ください」
それを聞いた見物客は、椅子から体を起こし始める。
だが、その間、勝人はこんな言葉を残した。
「もしかしたら……あなた達が持っている最も大切なモノ。それは、僕が作ったこれと、同じようなものが含まれているかもしれませんね」
秀星はその言葉が、とても、『大多数に対して』言っているようには聞こえなかった。
なら、相手は『少人数』である。
(……言いたいことは分かった)
その上で、秀星は何も言わずにブースを出ていった。
……ちなみにペンは五本買った。




