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第二百四十四話

「時限爆弾のにおいがする!」

「……はぁ」


 学校の屋上。

 秀星がジュピター・スクールに来てから五日目の昼休み。

 美奈は気持ち良い場所で深呼吸をしたくなった。みたいなわけのわからないことを言ったと思ったら、基樹を引っ張って学校の屋上に来た。

 そして、大きく息を吐いて、吸ったと思ったら、そんなことを言い出したわけである。


「む、基樹君は信じてないみたいだね」

「いや、悪意があることは俺もなんとなくわかっていたぞ。だが、ピンポイントではわからなかっただけだ」


 基樹からすれば、別に時限爆弾など恐ろしいものではない。

 爆発に巻き込まれても髪の毛一本すらダメージがないし、そもそもタイマーで設定されているのだから時間を止めればいいだけのことだ。

 もちろん、時限式だが手動でも爆発させることができるのが基本だということは理解しているが、秀星の父親のパンチのほうがよほど脅威である。

 爆発した時、一般人が巻き込まれると被害が大きいこともわかっているし、この学校に仕掛けられているとなると気を付ける必要があるだろう。


 ジュピター・スクールをはじめとしたメイガスフロントに勤務している税関は日本の中でもトップクラスで、警備も高レベル。

 元魔王である基樹も武力行使は避けたいと思える組織だ。

 そんな税関を潜り抜けて爆弾を設置するとなれば、当然、それは『爆弾』ではなく『爆弾のようなもの』になるし、実際、時限式で爆発魔法を起動する魔法陣の可能性が高い。

 だが、後者の中にある魔力感知器を潜り抜けるとなれば、並大抵ではない。

「ふむ……」

「どうするの?」

「秀星に話してみる。あいつのことだ。すでに何をするのかは決めてるだろ」

「それもそっか!」


 というわけで……。


 ★


「ああ。実際、時限爆弾のようなものはあるな」

「えっ!?撤去することはできるの?」


 学食ではなく、個室がついている喫茶店。

 秀星、雫、風香、羽計が集まっていたので訪ねて説明したところ、わかっているのは秀星だけで、薄々感じているのが風香。といった感じだった。


「爆発魔法の魔法陣だな。ただ、そもそも来夏の『悪魔の瞳(ラプラス・アイズ)』があるから、待機させている魔法的な奇襲はあまり意味がない」

「……その『悪魔の瞳(ラプラス・アイズ)』というのはなんだ?」


 秀星の説明に基樹は首をかしげる。


「……まあ基樹にわかりやすく簡単に言えば、『魔眼』っていえば近いか?」

「ふむ……要するに、視覚の強化と拡張だな」

「そんな感じだ。そんなスキルがあるから、今も撤去中だと思うぞ。アレシアと優奈と美咲とエイミーを連れて撤去探検だ」

「気楽だな」

「お前と同じ理由でな」

「……チッ」


 舌打ちした基樹だが、彼のほうも気楽だったことは間違いない。


「要するに、爆弾に関しては気にする必要はないんだな?」

「ああ。技術は確かにあるようだが複雑なものでもない。壊すのだって楽だろう」

「……ん?秀星。技術を必要とするのに複雑ではないというのはどういうことだ?」


 羽計は気になったようだ。


「複雑じゃないのは魔法陣のほうで、技術を必要とするのは、その爆弾をこの学校内で設置するってことだ」


 秀星はカバンから小さな直方体を取り出した。

 直方体の半分はライトになっており、半分はスピーカーになっている。


「それは?」

「単純な構造の魔力感知器だ。この学校だと防犯グッズとして普通にサンキュッパで売られてる」

「……三千?」

「三万だ。音は切っておいてライトだけにして、こうして魔力を当てるとライトが光る」


 秀星が感知器のそばで手から魔力を出すと、感知器のライトが光った。


「そばに魔力があるだけでこの感知器は反応する。変換効率的に普段から魔戦士は魔力をばらまいているから、その量の魔力には反応しないように設定されているけどな」

「ふむ。では、その感知器にかからないためには、あくまでも通常の量に止めておく必要があるということか」

「だが、矛盾してるんだよな。魔法っていうのは設計図の魔力と魔法起動のための魔力が別物だから、爆発を起こそうとする魔法陣を設置したら、何をしたとしても感知器に引っかかる」

「それはそうだな」


 秀星は風船を取り出した。

 人差し指を突っ込んで、指先から魔力を放出して風船を膨らませた。

 ……当然のことだが、周りからすればシュールな光景である。

 そこまで入れていないようだ。


「……すごくシュールな光景だな」

「俺も魔力だけで風船を膨らませるのは初めてだ。で、この風船を感知器のそばに持っていくと、感知器のライトはつく」


 実際にそうなった。


「だが、ここからが面白いところでな」


 秀星がそういうと、風船が大きくなっていく。

 そして、およそ体積が三倍くらいになると、感知器のライトが消えた。


「ライトが……魔力を空気に変えたのか?」

「んなわけないだろ。魔力を普通の空気に変えることは確かに可能だが、それには魔法を使うことが必要だ。教科書にも書かれていた珍しい正解例の一つだぞ」

「軽くディスってるね」

「そうなる気持ちは理解してほしい。で、空気に変わっていないとしたらどうなっていると思う?」


 秀星の視線が風香のほうを向いた。

 基樹も風香のほうを向く。

 その風香の表情だが、何か不気味なものを見るような目で風船を見ている。

 そしてつぶやいた。


「なんだか……魔力だけど魔力じゃないって感じがする」

「その認識で間違ってないな。美奈はどう思う?」

「なんか、若干薄いにおいがするね」

「そうだな。若干薄く……においってどういうことだ?」

「においはにおいだよ」

「……そうか。で、まあ出してみるか」


 秀星が風船から指を引っこ抜くと、当然風船から出てきた。

 それを見て、基樹が言った。


「……魔力そのものを変化させたのか?」

「そうだ。具体的に言うと、『量的』じゃなくて『質的』に分解している」

「名づけるなら『魔力素』とでも呼ぶべきものか」

「そういうことだ。ちなみに、魔石は魔力じゃなくて魔力素を固めたものだ」

「何!?」


 これには基樹も驚いた。


「……魔力をどれほど濃縮させても、魔石にはならなかったが……」

「魔力は『量的』に合成できなくなってるってことだ。単純に魔力を固めようとしても魔石にはならんよ」

「だが、魔石は感知器に反応するぞ。魔力でできているのではないのか?」


 羽計が思い出すようにして言った。


「魔力素をかき集めて圧力を加えると固まる。で、固まった魔力素は体積を収縮させて魔力素を魔力に変えるんだ」

「自動か?」

「全自動だ。一定の範囲……一立方ミリメートル単位で、超高密度に達するとすべてこうなる。理由は別にあるけど」


 基樹はうなずいた。


「要するに、その爆弾魔たちは、魔力素にして運び込んで設置しているわけか」

「ああ。ちなみに、魔法陣は魔力でも魔力素でもいいけど、実際に起動する魔法は魔力じゃないとだめだから、必要な魔力の三倍以上の魔力素を配置させておく必要がある」

「……面倒だな。魔力素を魔力に変換する術式も魔法陣に書き込んでおく必要があると思うとなおさらだ」

「だろ?技術がいるっていうのはそういうことだ」


 説明は終わりとばかりに秀星は席を立った。

 代金を払って喫茶店を出ていく。

 そんな中、基樹は考えていた。


(魔力を質的に分解すると魔力素になる。なら、魔力を質的に合成すると……どうなるんだ?)

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