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第二百三十七話

 獲物はまとまっている方がいい。

 特に、要人を狙う場合はそうなるだろう。

 数を減らすことができればできるほど、そこからの自分が有利になる。

 ただし、魔法社会ではこの事情が少々異なる。


 表社会において、ほとんどの要人というのは確かにSPなどの護衛がついているし、そこは魔法社会においても同じだが、魔法社会の方は護衛される要人が戦闘力を持っていることは愚か、護衛するSPよりも強いことがざらにある。


 魔法社会の中でも最高の会議と呼ばれる五人の円卓にミサイルをぶち込みたい人というのはたくさんいるのだが、ミサイル程度では丁重に送り返されるだけなので、過剰と判断される戦力を投入するくらいがちょうどいい。

 しかも、FTRにとっては何度も自分たちに黒星をたたきつけてきた忌々しい神器使いの秀星もいる。


 ここで一網打尽にすることができれば、天下はFTRになったも同然。

 もちろん、成功すればその通りになるだろう。

 だからこそ、とらぬ狸の皮算用という諺があるのだが。


 ★


「長くても二週間しか集まらないんだから、偵察するにしても時期尚早とか言ってられないのはわかるんだが……」

「まあ、そんなところさ。で、さっさと殺されてくれないか?」

「却下」


 秀星は黒い鎧を身にまとう少年を前にして、溜息を吐きそうになっていた。

 右手に剣を持ち、左手に盾を持っている。

 金色の装飾をふんだんに使ったそれは何とも魔王っぽいものだが、秀星としてはそれ以上の感想はない。


「で、あんた誰?」

「FTR所属、稲葉恭太(いなばきょうた)だ」


 所属とは言うが、階級は言わないあたり、そういうちょっとずつ小出しするタイプなのだろうか。


「FTRに俺たちと同世代のやつがいるとは思ってなかった。おっさんおばさんの暴走だと思ってたぞ」

「フフフ。余裕ぶっていられるのも今の内だ。俺が持つこの剣は上位神の神器。FTRの推測では、お前は下位神の神器をいくつかしか持っていない。だからこそ、上位神の神器を手に入れた俺には勝てない!」


 秀星が考えていたのは、『人のことは言えないが自信家だなコイツ』であった。

 秀星は、星王剣プレシャスと戦略級魔導兵器マシニクルを出現させる。


「クックック。無駄だ!神器を相手に、下手な防御はすべて無に帰する!」


 恭太は剣を構えたまま突っ込んできた。

 全身鎧姿であることを考えると速いが、それは鎧姿としてはという前提であって、秀星よりはだいぶ遅いようだ。

 秀星は振り下ろされる剣を、プレシャスと、ブレードを出したマシニクルを交差させて受け止める。

 プレシャスの方は問題ない。

 だが、マシニクルで出したブレードにはヒビが少し入った。


「どうだ。一振りでブレードにヒビを入れてやったぞ」

「一撃でこうなったのは久しぶりだ」


 しかし、秀星に不安も焦燥もない。

 秀星は体全体を使って、剣を押し返した。

 そしてプレシャスを一閃する。


「無駄だ――何!?」


 恭太が驚いた。

 それはある意味当然だ。

 彼が構えていた盾が粉々に砕け散ったからである。


「ほらよ」


 マシニクルで砲撃をプレゼントした。

 着弾した場所を破壊しながら、恭太は吹っ飛んでいく。


「ぐ、くそっ!どうなってるんだ!」

「自分で言っていただろう。神器を相手に、下手な防御は無に帰するって」


 恭太が言っていたことは何も間違っていないのである。


「なるほど、その剣も銃も、神器というわけか」

「隠しても意味がなさそうだからそうだといっておこう」

「ククク……だがわかるぞ。その神器はどちらも下位神がつくったものだ。俺が持つ神器、『クレイジー・プレジャー』には勝てねえんだよ!」


 再び突っ込んでくる恭太。

 秀星は黙ってマシニクルの砲弾を撃った。

 だが、恭太はすべての弾丸を剣で破壊する。

 どうやら伊達ではないようだ。


「今更そんな玩具(おもちゃ)が効くかよ!」

「通常弾なら、の話だと思うがな」

「は?」


 その時、恭太は自分の剣の刀身についた破片のようなものに気が付いた。

 次の瞬間、彼の喉めがけてそれが勢いよく飛んだ。

 恭太は慌てたようにのけぞってかわす。

 その隙に、秀星は接近していた。

 そして、プレシャスを振り下ろす。

 恭太は剣を振り上げてプレシャスをはじいた。

 そしてすぐに距離をとる。


「どうだ。全力で振り下ろしたお前のその剣なんざ、俺がちょっと振り上げるだけではじくことができるんだよ!」

「ただの振り下ろしだったなら、の話だと思うぞ」

「え?」


 恭太は自分の剣の刀身についた一本の線を近くした。

 そして、次の瞬間にそれは飛ぶ斬撃になる。

 恭太は慌てて回避。


「……自分の剣から放たれる攻撃をよけるとは……すごい反射神経だな」


 秀星は本当に感心した。


「ば、馬鹿にしてんのかてめぇ」

「いや、本当の意味で褒めたんだが、まあそれはいいさ。で、上位神の神器らしいが、まだ全然それっぽい感じはしないぞ」

「うるせえ!」


 恭太が剣を掲げると、黒いオーラが出現する。

 そしてそのオーラは恭太の体を纏っていった。


「さあ、これがこの剣の力だ。いくぞ!」


 恭太は再度突撃。

 明らかに速度が上がっている。

 秀星はプレシャスを振り上げた。

 受け止めることそのものには成功するが、あまりの圧力に秀星の足の下の地面が陥没した。


「!」

「どうした!さっきまでの余裕がなくなったみたいだぜ!」


 秀星はうるさくなったので口の中にマシニクルの銃口を突っ込んだ。


「アガッ……」


 そして容赦なく引き金を引く。

 弾丸が口の中で火花を散らした。


(わかってはいたが口の中まで防御できるのか)


 邪魔なので砲撃をぶち込む。

 盛大に爆発して恭太が吹っ飛んで行った。

 そのままバウンドしながら十メートル飛んで頭から地面に墜落した。

 フラフラになりながら恭太が立ち上がる。


「て、てめえ、馬鹿にしてんのか!」

「遊んでるだけだ」

「んだとコラア!」

「当たり前だろ。上位神が作った神器であることは間違いないようだが、あまりにも自分の神器についてわかってない。はっきりいって、自分の神器に舐められてるぞ」


 秀星はセフィアを思い出して、舐められているという部分に関しては人のことを言えない気がしたが、思考の隅に追いやった。


「……」

「自覚があるのか?どうせそれ。邪神が作ったものだろ」

「んなっ……なんでお前がそれを」


 恭太が驚いているのは、邪神というものが存在し、そう呼ばれる者たちが神器を作ったという答えに秀星がたどりついたことだ。


「何を驚いてるんだ。俺が邪神の存在を知らないとでも?そして、神が神器を作れるなら、邪神だって作れるさ」

「ぐ、だが、この神器を上位の邪神が作ったことに変わりはない!」

「そんな条件を満たせばだれにでも使えるものなんて、上位の邪神が作ったとしても下位神の神器とスペックは大して変わらんさ」


 先天的な項目が必要となる秀星たちの神器と違って、邪神が作ったもの……面倒なので邪神器とするが、邪神器はすべて後天的で、行動すればいいだけのものだ。

 何か努力して技術を身に着ける必要もない。

 だからこそ、神器としてのスペックは低い。

 神器はあくまでも作られたものだ。


「だが、お前が神器を二器以上持っているのはわかった。ひとまず撤退を……」

「逃がすと思うか?あと聞いておこうか。その神器。使用条件は?」

「なんだ。奪って使うつもりか?だがお前には無理だ!」

「なぜ?」

「『死にたくないものを十万人殺す』ことと、『何の罪もない一万人を拷問する』こと。これが条件だからだ!」

「そうか」

「ぬるい社会で生きてきたお前に、そんなことは――」

「そこまでいうのなら、お前も殺される覚悟はできてるんだろうな」

「!」


 秀星だって、人を殺めたことがないわけではない。

 むしろ、多くの命を奪ってきた方だ。

 だが、快楽のために人を殺す存在を、秀星は許すことはできないのだ。


(俺が初めて人を殺したのは、復讐だった。こいつはそんなゴミみたいな理由ですらないのか)


 殺す価値があるか、生かす価値があるか。

 どちらもないが、秀星はこの場で人を殺してしまうと、あとで問題になる。

 仕方がないので、とらえておくことにしよう。

 秀星は溜息を吐きながら、剣を振った。

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