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第二百三十四話

 新しい技術が公開されたとき、その恩恵を受ける人間と、都合が悪い人間の二種類が存在する。

 ただし、それぞれが勝手にやっているというのなら、まだいい。

 だが、両者がぶつかった場合、その事情は一変する。

 それが『革命』なのか、『進撃』なのか、だれにも分からない。

 わかっているのは、今までのことを繰り返すだけでは何も解決しないということだ。


「どうする。このままでは我々の権力が脅かされることも視野に入れる必要があるぞ」


 頑丈なドアと通気口だけが外部との関係を示している部屋。

 壁面には巨大な液晶パネルがあって、部屋には広い長テーブルが固定されており、スーツ姿の中年男性が座っているところを見ると、会議室、それもかなり重要なものであるということがわかる。

 見ただけで他にわかる範囲というと、テーブルにある椅子は六つ。

 ただし、ドアから一番離れている椅子にはだれも座っていないところを見ると、座っている五人よりも上の人間が一人いて、その一人が不在ということだろうか。


「あの魔法によって、既存するなかで単に上位であるというだけの魔法はほぼ無に帰した。対策を練る必要があるだろう」


 主な魔法としては、『基礎魔法』『下位魔法』『上位魔法』であり、それよりも上の領域もあるが、学生たちで通常扱われる単位はこの三つだ。

 ファイア・ボールをはじめとした秀星が使った魔法は、火を出したり、水を出したりといった現象に、弾丸化と射出という概念を合わせただけというもの。

 通常なら、下位魔法が相手でも、正面衝突すればどうやっても勝てないものだ。

 だが、あの魔法はいとも簡単に上位魔法を無力化した。

 学生たちの間では、才能があるものは上位魔法まで取得し、それをもとに自分の強さを確立する。

 その上位魔法を真正面から打ち破れるということは、学園の勢力図が丸ごとひっくり返る可能性があるということだ。


「だが、ランク判定試験での結果のみ、学生たちのランクは決定される。基礎魔法を禁止にすればいい」


 楽観視している人間もいる。

 彼が言った通り、ランクを判定し、それをもとにダンジョンでの貢献のため深い階層に潜ることができるようになる。

 最終的に、メイガスフロントが学生たちに求めているのは、『魔戦士としての貢献』である。

 強くなることそのものは単なる資本のようなもので、例え弱くとも評価されないというわけではない。

 極端な例だが、『モンスターが塵になるほど強力な魔法』と『下級だがまともにボコれる魔法』であれば、メイガスフロントの上層部は後者を評価する。


 とはいえ、いつ強力なモンスターが出てくるかわからない。

 その時に戦力がそろわないとなれば、わざわざ学校を作る意味はないし、強力な魔法が使えるのならちょっと抑えるだけで普通の魔法を使える。

 それに加えて、基礎魔法は緊急時において現状を打開する手段にはならないので、評価するには値しない。


「基礎魔法を禁止に?」

「そうだろう。基礎魔法など評価するに値しない」

「だが、あれほどの威力を出せる魔法だぞ」

「だからどうした。そんなものを取得することに時間を取られて、本来取得できるはずだった上位魔法を取得できなかったとなれば、それこそ本末転倒だろう。さらに言えば、あの魔法を取得しようとして時間を使って、結局手に入らなかったとなれば尚更だ」


 確かに事実である。

 才能があろうとなかろうと、『極める』というのはそもそも簡単ではないから価値がある。

 才能があるものは、簡単に九十九点までは取れるだろう。才能がなくとも、頑張れば基礎魔法程度ならそこまではいける。

 だが、満点がとれるかどうかとなると、それは別なのだ。


 もちろん、基礎魔法を完璧に近づけようとして、その感覚が上位魔法の訓練の時に役に立つことはあるが、極めたという報告はない。

 もう少しで届きそうなのに届かないものはいろいろあるが、そればかり研究していると、今度はメイガスフロント全体の収入減に影響を及ぼす場合がある。

 それは避けたいのだ。

 ただし、成功の報告がない。というわけではない。

 身に着けている者はいる。


「ふむ、たしかにそうだが……」


 これは単に彼らが怠けているわけではなく、現実主義者ならだれでもたどりつくものだ。

 極めるということが楽ではないことくらい、大人ならわかる。

 だからこそ、この技術を身に着けるためには時間が必要になる、という意見が広がるのは当然。


「禁止にするべきだろう。忘れたのか?そもそもこの会議が開かれた目的を」


 その言葉に全員が顔をしかめる。

 そう、この場に重役である彼らが集まったのは、ジュピター・スクールにおいて、その基礎魔法を完成させた名家出身ではない生徒が、この学校の中でも優秀とされている名家出身の麒麟児とまで呼ばれている生徒を決闘で倒してしまったということだ。

 秀星のそれも確かに当てはまるが、それとは別の決闘である。

 それによって、その名家出身の生徒の家が抗議してきたのだ。

 これには頭を悩ませるしかない。


「しかも、あの魔法は応用が利かない。このままではすぐに状況が変わってしまう」


 完成した基礎魔法は既存の上位魔法を圧倒する。

 だが、その魔法も応用が利かないとなると、結果的に使うのはその基礎魔法だけになってしまう。

 秀星が予測した通り、基礎魔法の打ち合いになる可能性も出てくるのだ。


「……いや、私はまだ粘る時だと考えている」

「何を悠長なことを言っている!」

「考えてみろ。あの朝森秀星という生徒がいるのはたったの二週間だ。これ以上、こちらから刺激して、今以上の劇薬がばらまかれたらどうする」

「あれ以上の技術をまだ持っているとでも?」

「当然だろう。でなければ、唯一の手札を初日に使うはずがない」


 禁止にしようと思えば、確かにそれは可能だろう。

 だが、それを禁止にしたところで、次にまた何か都合の悪いものが出てきたら目も当てられない。

 しかも、それらをして結果的に大失敗したとしても、不幸なのは自分たちだけで、周りの学校はそれを反面教師にして、完成された基礎魔法をはじめとした技術を取り込んでいくだろう。


 少し負傷するくらいなら、平民から巻き上げればいい。

 だが、破滅しては意味がないのだ。


「それに、メイガスフロントの上層部が、あの魔法の存在を知って放置するとは思えん」


 世の中には、人心掌握に長けたものはどこにでも少なからずいる。

 上層部のスカウトにはそういう人種もいて、優秀な人間をヘッドハンティングして大きくなった部分もある。

 自分たちより優秀なものが集まっているのだ。

 あとは、しっかりと舵を取れる人間がいれば強固なものになる。

 メイガスフロントの上層部はそういうものである。


「とにかく、二週間だ。二週間粘れば、アイツはおとなしく帰るだろう」


 認めるのが嫌なので言葉にしないが、わかっているのだ。

 秀星は、この学校に何も期待していないし、何かを学ぼうとすら思っていないことを。

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