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第二百二十話

 秀星が使った魔法によって発生した『赤い空』は、エインズワース王国だけではなく、その他の国々にも届いていた。

 とはいえ、秀星としても、あの魔法は確かに詠唱を必要としたが全力と言うわけではない。

 あの魔法の影響を完全にシャットダウンする障壁のようなものや、無力化、中和する技術はいくらでも存在する。

 おそらくこれから、赤い空の正体が何だったのかという話がいろいろなところで出てくると思うが、いずれ風化して行くだろう。

 理解できない現象だが、影響はなかったのだ。当然、それ以上の話に発展することはない。

 いずれ風化するものである。


 それはそれとして、秀星の周りは沈んでいる空気だ。

 秀星からすればあの魔法は全力と言うわけではない。

 だが、周りからすれば驚異的だ。

 神器を知らないものからすれば圧倒的過ぎて理解の外である。

 ただ、一人だけ違った。

 全員が驚愕したり、無理矢理に納得しようとしているなかで、リアンだけは驚いていなかった。

 あの魔法を使った時も、リアンだけは驚いた様子はなかった。


 逆に、彼に取っては前に進むための何かがあったようだ。

 とはいえ、実を言えば一番教養が低いのがリアンである。

 別に頭が特別悪いわけではないが、英才教育を受けていたり、エリートだったりするものがこの船にいる中で、リアンだけはそう言う立場ではない。

 理解できないゆえにそう感じただけなのか、と周りは思ったほどだ。

 だが、秀星から見れば、リアンはそうではなかった。


(憧れ……か)


 秀星も忘れていた感情。

 神器をいくつも手に入れて、それでも考えることをやめなかった秀星が、いつしか失くしたものである。

 ただ、憧れて進み始めても、いずれたどり着かないと分かって挫折することもあるため、別にデメリットが皆無というわけではない。

 とはいえ、純粋で、まっすぐな力である。

 誰とも組まなかったリアンに取って、秀星は眩しすぎたようだ。


 それに感化された……のかどうか定かではないが、みんなも話しかけるようになった。

 そのおかげもあって、少なくとも、王族達やデイビット、ミラベルあたりは普通に話しかけてくるようになった。

 もともと、秀星が何をしでかすかわからない。という信用があるからだろう。

 もとに戻ったということはないが、別に悪いことではない。


(まあ、こうなっただけで十分ってところか)


 秀星としては別に不満はなかった。

 ただ、話したい相手はいた。


 ★


「で、アーロン。話してくれるよな」

『まあ、色々推測されていると思うけどね』


 秀星は戻ってきてから、王宮で使っている部屋でアーロンと話していた。

 アーロンが話したがっているようにも見えたが。


『いろいろおかしいと思っていたんじゃないかな』

「ああ。まあ最初に考えたのは、なんで国王が死んだって言うのに、その反響が少なすぎるのかってことだ」


 国王が死んだのだ。

 普通なら国葬が行われて、短くない期間、その王様に関する様々なことが行われる。

 だが、エインズワース王国ではそのようなことはなかった。

 しかし、今までの王様の場合は国葬は盛大に行われていた。


「どうせ、あまり葬式を盛大にしないように遺書にでも書いてたんだろ。『復讐』を考える自分に、国葬なんぞふさわしくないから。みたいに考えながら」

『そうだよ』

「あと……自分で死期を速めたな。もともとこの国の男性の平均寿命は短いが、その中で言うとアーロンはそれなりに長く生きてる。死んだことに対して国民が納得するのは早かっただろ」

『そうだね。魔法を使えば、そのあたりのことはできるから』


 復讐を考えていたから。

 そして、その復讐をなぜ考えたのか。


「評議会が崩壊した日。FTRのラミレスに、あんたの妻を殺された。その復讐のためだな」

『そうだよ。その時は何もわからなかったけど、ラミレス・ブレイクが考案して、そして殺したことは後で分かった。その時に決めたんだよ。でも、誰が殺したのかが分かっても、手掛かりが少なすぎた』


 アーロンは優秀を超えて天才の領域だった。

 だが、それでも分野が違えば話は違う。


『まあ、その復讐に関しては、君が片づけてしまったわけだけどね』

「とはいえ……生前の自分の栄誉を傷つけないために幽霊になったやつなんて正直初めてみたから扱い方が分からんからな。勝手に片づけただけ。それに……復讐なんて言葉があるが、別に特別、意味があるとは思わないけど」

『後になってむなしさが残るだけだとか、そう言うことを君は言うつもりかい?』

「ンなこと言うわけないだろ」

『ならどういうことだ。あのまま、気づかれずにのうのうと生きていくっていうのか?それじゃあ、どこに正義があるっていうんだよ』


 秀星はアーロンの言葉を聞いて、一瞬だけ考えて、そして言い始める。


「……お前が『公正』を掲げるっていうのなら、俺は別にこれ以上は何も言うつもりはないさ。社会が平等だとするなら、確かにあんたの妻は理不尽を受けたんだからな」


 それに、と続ける。


「どうせ、周りが何を言っても聞かないし、他の誰の意見も聞かないから復讐ってことをするだけだし。意味があるとかないとか関係なく、復讐は過程じゃなくて結果だ。第一、自分の行動に意味があるかなんて人間はいちいち考えてないし」


 だけど、と続ける。


「アーロン、あんたは正義を掲げた。公正なら何も言わないが、それは見逃すことはない」

『何を言って……』

「この世の正義は二種類。『命を守る正義』と『快楽を守る正義』だ」

『!』


 アーロンの口が止まる。


「尊いのは『命を守る正義』で、『快楽を守る正義』なんてゴミだ」


 秀星の言葉はまだ続く。


「人が正義を掲げて何かをするとき、必ずどちらかに属する。他の正義なんてない。曲解することも許されない。アーロン、正義を掲げるんだよな。復讐ってどっちだと思う?」

『私は、殺された妻のために選んだんだ。なら、『命を守る正義』で……』

「言ったはずだぞ。曲解することは許されないってな。命を守る正義?すでに失われている命に対してできるのは手厚く弔うだけで、そこから復讐を考えるのはお前の勝手だろ」

『……』


 歯ぎしりしているのがはっきりと分かる。


「アーロン。お前が自ら死を選んだのは、生前の自分と国の栄誉のためだけじゃなくて、自分が死ねば、死んだ妻の言葉を聞くことが出来る。そう考えたんだろ」

『なぜそこまで……』

「だが、聞こえなかった。どこを探しても、妻は見つからなかった。ちなみに言っておくが、いくら規格外だと思われてる俺だって、ノーリスクで死者蘇生ができるのは三日後までだ。そこから先になると、もうすでに天国に行ってるか、魂ごと消滅してしまう」


 もうひとつルートがあるが、まあ今はいいとしよう。

 さて、もういいだろう。


「殺された者のために復讐しようとしたんじゃない。復讐を望んでいるかどうかなんて本当にそうなのかわからないのに、それを理由にして正義なんて掲げるな。大切な人を殺されて憎んだお前が、お前の快楽のために殺す。それが復讐で人を殺すってことだろ」


 公正を掲げるために復讐しようとしたのであれば、秀星は何も言わない。

 極論、命を奪い合うのも自由だ。

 無論、自分の命が狙われることはあるだろうし、それを否定しないのであれば、間違ってはいるが信念になりうる。

 人間同士ならともかく、ジャングルに行って人間と動物の間となれば、それが普通となる。


 だが……正義は、軽くない。

 宗教だとか、信仰だとか、そういった理由で使いながら、神のせいにして人の命を奪う光景を、秀星は異世界で見てきた。

 そもそも、秀星が調べた限りでは、その宗教の中では『殺人は悪』と明確に記載されている。

 だから、相手を人と認めないことで、虐殺していた。


 秀星は異世界で、様々な『極端な状況』を見てきた。

 だからこそ、『正義を曲解すること』を許さない。


「アーロンが間違えていたなんていわない。どうせ、そこまで踏み込んだ以上はもう取り返しがつかない。当然だよな。自ら命を絶つっていうのは、『人であることをやめる』のと同じなんだから」

『……秀星、君は一体、何を見てきたんだ?』

「……」


 熱くなりすぎたと秀星は感じた。

 だから、もう話は終わりだ。


「……教える気はない。とは言え、もう復讐のために行動する必要はなくなった。後は、アーロンがこれからどうするかだ。まあ、成仏の方法なんて知らないだろうし、これからもこの国のためにいろいろ動くことになると思うだろうけどな」


 秀星は立ち上がる。

 そして、部屋を出るために歩き始める。


「これから何をしていくつもりなのかは知らん。だが、アーロンの力が必要になる日が必ず来る。その時のために、今のうちに布石を打っておくべきだと言っておくよ」


 秀星は、それ以上は何も言わなかった。

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