第二百十七話
アースーは最後の扉を開けると、そこは今までの真っ白だった。
しかし、どこか広く感じる。
そして、奥に通じるドアの前には、本を読みながら待っている人がいた。
「ふああ……電子技術が使えないっていうのは暇だな。お前もそう思うだろ」
肩口で切りそろえた金髪と、だらけているような翡翠色の瞳。
白衣姿でいたのは白いシャツを着た研究職らしい服装をしている。
男は手に持っていた小説を置いて、椅子から降りてこちらに来た。
「だから本を持ちこんだんじゃないの?」
「確かにね。この拠点で暇が出来たときにそれを潰すために、わざわざ日本から本を取り寄せてるんだ。この国の本はとても暇つぶしができそうな軽い本が少ないからね」
「それはすまないね。この国。勤労意欲はあっても研究意欲は低いからさ」
「知っている。まあ、それもいいとしよう。ここを通すつもりはないよ?小生を倒さない限りはね」
この人。自分のこと小生って呼ぶんだ。
突入したアースーと公安メンバーはそんなことを思った。
「さて、そちらは国王のアースーだったかな?小生はラミレス・ブレイク。見ての通り研究職についている。まあ、他にも暗躍とかいろいろやっているがね」
「ずいぶんとしゃべるんだね」
「別に小生が知っていることを何かしゃべったところで、FTRが揺らぐことはない。現場の人間だからね」
「なるほど、なら、物理的に通らせてもらおうかな。あ、小生って一人称の使い方。ちゃんと理解してる?」
「さすがに目上が相手なら、その時だけは一人称を『私』にするよ。それくらいの分別はある」
「よくわかった」
アースーは右手を前に出した。
「口で語るのは一先ず終わりだ!」
アースーは炎の槍を生み出して、ラミレスめがけて投擲する。
ラミレスはそれを見ても何も言わず、肩をすくめる。
そして白衣の下から短い杖をとりだすと、次の瞬間に半透明の膜が出現する。
その膜に当たった炎の槍は、まるで分解されていくように消えて言った。
「……分解した?」
「そうだよ。これは魔法や超能力と言ったものを分解できる。言っておくけど、これは神器じゃなくてただのブースト系の魔法具だからね?」
「なら……結合力を上げればいい」
次に鋼鉄の槍を生み出して投擲する。
だが、ラミレスは半透明の板を出現させるだけ。
それだけで、いとも簡単に消え去った。
「え……」
「なるほど、汎用性の高い超能力に、その根幹である脳を強化する神器。確かに素晴らしい組み合わせだが、制限がかけられすぎて君自身まだ使いこなせていないようだ。それと……脳を強化する神器を持つのが、君だけだと思わない方がいい」
「……そういうことか」
「そういうことだ」
ラミレスが杖を振る。
炎、氷、雷、鉄。
様々な槍が出現して飛んでくる。
だが、アースーは半透明の板を出現させるだけ。
全ての槍はその板に当たると分解した。
「……なるほど、確かに、それができるのは小生だけではないね」
「当然、僕もできる。汎用性があるといったのは君自身だからね」
「お互いの遠距離攻撃を完全に無力化するか……もしここに銃を持ってきていても意味はなかっただろうね」
その時はその時で物理攻撃をどうにかする障壁を作るだけである。
お互いに、まだ遠距離攻撃において本気など出していない。
だが、これ以上の手の内を見せるのは、まだ先にしたいのだった。
そのかわりに……と言っては何だが、二人がとりだしたのは近接武器だ。
アースーは短剣を二本取り出して、ラミレスは短剣と直剣の中間の長さの剣をとりだす。
「小生は近接戦闘は嫌いなのだがね」
「でも自信はあるんでしょ?」
「当然」
ラミレスが重心をわずかに前にした瞬間、アースーもそれに反応して突撃する。
部屋の中央で二人が激突する。
そして、アースーが繰り出す連撃を、ラミレスは一本の剣で弾いていく。
「……なるほど、そちらも得意ではなさそうだが、英才教育を受けてきたのが分かる剣術だ」
「そっちもやるねぇ……」
アースーが一瞬だけ表情を変えると、後ろに跳んだ。
次の瞬間、待機していた公安メンバーが魔法を使ってラミレスを狙う。
だが、ラミレスは魔法を見ることなく障壁を何枚も出して、そのすべてを分解した。
「あ、こりゃダメか」
アースーは気をとり直して接近する。
その間に、後ろにいた公安メンバーがそれぞれ武器を構えてきた。
そうなれば、アースーも連携のために動く。
少しずつ、押している。
そんな気がした。
……気がしただけだった。
「なるほど、悪くない。だが、優秀どまりだな」
「え……」
ラミレスは剣を真横に一閃する。
それだけで台風のような風が巻き起こり、アースーたちと飛ばした。
アースーはとっさに剣を床に突き刺して難を逃れたが、ほかのメンバーは壁に激突して、そして気絶してしまった。
見たところまだ息をしているが、打ち所が悪かったようだ。
「……なんだ。今の」
「この程度もできない相手だと思っていたのか?小生はそこまで弱くはない」
もちろん、単純な剣術だとはアースーも思っていない。
だが、アースーが感知できる範囲に、魔法の痕跡はなかった。
それが信じられなかったのである。
「強いと思っていたが……どうやら、思っていたほどではないらしい」
「そりゃすまないね。まあ仕方がないし、一対一でやろっか」
短剣を構えなおすアースー。
とりあえず邪魔者は消えたと言いたげな目で剣を構える。
アースーは突撃する。
もちろん、アースーの目に焦りはないし、油断はない。
先ほどの一撃の時点で、ラミレスからの『遊びは終わりだ』という感情くらいは読み取れる。
だからこそ……。
ここから先の攻防の結果は、純粋に『実力の差』だ。
アースーは短剣を振る。
だが……アースーが両方の剣を振るのと同じ時間で、ラミレスは剣を三回振ってきた。
二本の短剣を弾いて、そのまま真横に一閃する。
アースーは体を引いて致命傷を回避して、傷を超能力で回復させる。
そして、アースーが回復の超能力に意識を回した瞬間、蹴りが飛んできてアースーの腹を抉った。
「ウグッ……」
そのまま飛んでいくアースーに、ラミレスはおいついて来る。
振り下ろされる剣を両方の短剣で防ぐアースーだが、一撃を防いだくらいでは止まらない。
再度足が飛んできてまた吹っ飛んだ。
「チッ……」
「……ずいぶんと軽くて小さい体だな。まあ見た目通りだが」
「うるせえやい……」
傷を治して短剣を構えるアースー。
だが、額には汗が流れていた。
ここままだとマズい。と言うことが分かっているのだ。
「ふう……」
超能力で疑似的に魔法を使って、付与魔法の要領で身体能力を強化する。
接近して、短剣を振るった。
「強化できるのは貴様だけではない」
ラミレスは付与魔法を使って身体能力を上げると、アースーの剣を弾いて剣を振り上げる。
短剣を引き戻したアースーには直撃しなかったが、少し距離をとったラミレスが、剣風を巻き起こした。
「マズ――うあああああ!」
今度は対応できずに跳んだ。
ラミレスはその間に、直径三メートルを超える火球を生み出して射出する。
アースーは驚きながらも障壁を展開し……ラミレスが投げた小さなナイフによって、それは砕けた。
「え……」
火球は、完全にアースーを捉える。
そのまま壁際までゴロゴロと転がった。
いたるところが火傷を負っている。
「ハァ……ハァ……」
「やはり、そうでもないな。数秒間の内にいくつもの戦術を混ぜるのが小生たちの領域だ。それすらもわからず挑んでくるとは失笑ものだぞ」
ラミレスは先ほどよりも大きな火球を生み出した。
「まあいい。別に君が死のうと生きようと、小生には関係ない」
指をパチンと鳴らして、火球がアースーに向かう。
アースーは手を前に出すが、障壁がうまく構築できない。
「!」
だが、もう遅い。
火球が爆発を起こした。
それを見たラミレスは、仕事は終わったとばかりに小説を取りに行く。
「おや?まだ私は倒れていないよ。さらに言うなら負けてもいない。ちゃんと死んでいるかを確認するのは基本じゃなかったかな?」
「!?」
ラミレスは、アースーが部屋に入ってきてから一番驚いた。
振り向くと、爆発の後は消えている。
それだけではない。
傷はすべて治っており、焼けていた服もすべて直されている。
何より異なるのは、その異なる表情。
感じられる体の情報では、まったく同じだ。
だが……。
「お前は誰だ?」
「見ての通りだよ。この体は、アースー・エインズワースでしかない」
答える気がないことをラミレスは理解した。
そんなことを考えているうちに、アースーは腕を回す。
「うぅん……本当にこの子は私に似て育ったようだね。まあ、アースーのフリをしながら悪戯をして責任を押し付けていたことがあるくらいだし、当然か」
ラミレスには言っていることが全く分からなかった。
「まあ、アースーが童貞損失室に連れこまれた時はさすがに焦ったけどね」
なんだその部屋。
「……お前が何なのかはよくわからん。だが、エインズワース王国が抱える闇は大きそうだな」
「性的な駆け引きに関してはすごいんだよこれが。まあそれはいいとしよう」
先ほどまでは年若い男子のはずなのに、急にそれが変わった。
ラミレスは油断を消す。
「そうやって警戒しても遅いよ」
「何?……グッ……ゲホッ」
思わずむせて咳をするラミレス。
……吐きだしたのは、血だった。
「何?」
「フフフ。まだこの子は、私たちが持っている神器の恐ろしさを知らない。倫理観だとか、道徳だとか、人間らしさだとか、そう言ったものを放棄した場合、どうなるのかなどね……まあ、君個人に対してこんなことをするのは、また別の理由があるけどね」
「何か……小生に恨みがあるとでも?」
「あるんだよねこれが」
次の瞬間、アースーの全身がビリッとしたと思ったら、ラミレスの腹に拳が突き刺さっていた。
「グホア!」
ラミレスは見ることすらできずに飛ばされ、ギリギリで受け身をとる。
「な……何だこれは……」
「ジークは使いこなせている程度のことだよ」
そう言われてもラミレスには意味が分からない。
「私が飄々としているように君は感じるかもしれないが、私は君に恨みがあるんだ。まあ、ひとまずとらえることを優先しよう。そういう記録は必要だからね。ふーむ……ついでにアースーの記憶もちょっとだけいじっておこうかな」
「どういうことだ……」
「要するに……あとで直々に、私が殺してやるということだよ」
ラッシュが始まり、体の至るところ……それも、内臓まで入っているレベルの打撃の後、顎が掌底で勝ちあげられる。
「う……」
ラミレスはそのまま気絶した。
「ふう……ここまで長かったねぇ……」
思わず、彼はつぶやいていた。




