第百八十九話
エインズワース王国は魔法国家だ。
一応、表社会のもの達にばれないよう、マニュアルに従いながら運営されている。
とはいえ、もともと魔法と言うのは科学に対して正面から喧嘩を売っている概念であり、いろいろと無茶ができるものだ。
当然、それらを鍛えたり、確かめたりする訓練施設だって存在する。
王宮にもフィットネスルームは存在するし、地下に行けば、壁が頑丈に作られた多目的スペースもあるのだ。
「ふーむ……まあ、悪くはないな。搦め手が多くなった」
そんな多目的スペースで、秀星はそうつぶやく。
左手にタブレットを浮遊させている彼の正面に立つのは、レイピアを構えたアレシアだ。
模擬戦闘がしたいと言ってきたので、こうして地下に来て相手をしている。
「ハッ!」
アレシアがレイピアで突きを放つと、秀星は射線上に小さな障壁を発生させる。
ただし、ほんの少し、ずれたものだった。
「ふーむ。上手いというかなんというか……」
そんなことを言っている間に、アレシアは次々と突きを放ってくる。
秀星はそれらをすべて障壁でガードする。
そのたびにアレシアが悔しそうにするが、秀星を相手にしているからなのか、割り切って次々と攻撃している。
現在、秀星が使っている障壁の大きさは直径十センチ程度のものだ。
しかし、本来のアレシアの攻撃であれば、これよりももっと小さな障壁でも十分防御は可能である。
ではなぜこのような少し大きめの障壁を使っているのかと言うと、当然、アレシアが何かをやっているからだ。
「……なかなか裏をかけませんね」
「裏でしか来ないってわかり切ってるからな」
「あ……」
現在アレシアがやっているのは、突きを放つ際にわずかにずらすことだ。
完全な射線上ではなく、わずかにずらした場所に攻撃することで、防御側を欺くのである。
ただし、これは意外と難しい。
少し考えれば分かるのだが、距離が遠ければ遠いほど、角度がずれた時に発生するずれが大きい。
本当にミリ単位を意識しなければ見当違いの方向に攻撃が飛んでいくのだ。
剣の精鋭としてパーティー単位で戦うことが多かったアレシアからすれば、このような一対一で勝負する際の駆け引きのようなものを習得するのは、なかなか骨が折れるものだ。
もちろん、今やっているこれも別に悪いものではない。
だが、成功率が低い場合は確実に使わせることはできない。
RPGであっても、マルチプレイで誤爆ばかりするやつを入れたりしないだろう。普通にセオリー通りに動いてほしいものだ。
一応考え着いたのがこれらしい。
ミリ単位での操作になるが、秀星も動き回りながら障壁を展開している。
これは、アレシア以上に駆け引きになれている(最近は力技以外必要としていないが)秀星が相手に取ることで、ただでさえ集中することが多いのに増やしているのだ。
難易度は高いが、難易度が低いと思ってやるよりは有意義である。
「まだアレシアはそのずらすやつを意識しないとできないだろ?だから、使おうとした時、腕が一瞬硬直する。当然、普通の突きよりも速度も威力も落ちるからな。ちょっと観察するだけですぐに分かるぞ」
「要するに……」
「まだ実用的じゃないな」
普段からモンスターしか相手しないようなものが敵に回ったとしても、上位のものが相手なら苦戦するだろう。
考えていることは悪くない。
悪くはないのだが。どこかパッとしないものだ。
とはいえ、アレシアもそこは分かっている。
「この攻撃手段を通常攻撃と同じレベルにすることが求められる。ということでしたね」
「理想としては、野球だと投げ方が全く一緒で癖も変わらないのにどんな変化球でも投げてくるような奴かな。駆け引きっていう土俵に上がらせるだけで、戦術の幅は広がる。もともと、無駄を省いて磨いてきた技術がアレシアにはあるから、『厄介な小細工』があると多少面倒なことになる」
最も、相手が一撃必殺や短期決戦狙いだと、下手に小細工を使おうとするよりは大技を叩きこむことも視野に入れる必要があるのだが。
とはいえ、この方法はなんだかんだ言って厄介である。
そもそも、アレシアの超能力を知っている者は少なく、普通に斬撃が飛んでくる上に搦め手まで使って来るのだ。
どうして斬撃が飛ぶのかをまず考えてしまうのが人間であり、無駄に考えさせることで判断力は十分鈍らせることが出来る。
アレシアは秀星と違って下手に遊ぶ性格をしていないので、その段階まで入ることが出来れば問題はないだろう。
「ふーむ。かなり疲れてきてるみたいだな。休憩を挟もうか」
「はぁ、はぁ、そうですね」
疲れているのなら休憩ははさむべきだ。
ただ、その休憩中だって一応することはある。
アレシアのこの戦術において必要なのは『フォームチェック』だ。
当然、動きを全て録画しているので、それらを使って、気が付いたことを意識するのだ。
意識しながらすれば当然速度は落ちる。
だが、反復練習を繰り返して体に叩きこまなければ使えないのだ。
重要なのは、何事も自然にできるようにすることである。
あと……。
アレシアのジャージ姿。すごく新鮮である。




