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第百七十二話

「あちちちちち!」


 アースーは分子運動を強制的に制御して鎮火させる。

 ついでに怪我も直した。


「へぇ、なかなかの反応速度じゃない。服も燃えてないみたいだし、頑丈なのね。それ」

「特注品だからね」


 こういうときに備えて秀星に作ってもらったのだ。


「まあでも、大して関係はないわ」


 明美が杖を降ると、火球が十個出現する。

 そのどれもがバスケットボールほどの大きさだ。

 普通に焼くつもりのようである。


「無駄!」


 自らに向かってくる火球を、念力で冷却。

 アースーは大型の氷槍を一瞬で生み出すと、それを射出した。

 明美は爆炎の障壁を生み出して、氷の槍を焼き尽くす。


「もともと炎属性の魔法使い。神器クラスのものがあれば凄まじい威力だね」

「その通り。だから、さっさと本気を出したほうがいいわよ」

「ん?」


 明美が持つステッキが光った。

 次の瞬間、アースーは不快感というか、損失感を味わった。

 言いかえるなら、手に持っていた黄金に輝く剣が、急に鉄の剣に変わったような、そんな感覚。


「ステッキと杖、まさかどちらも……」

「そういうことよぉ。私は神器を二つも持ってるのよ。元評議会でも三人しかいないわ。私がどれほど特別な人間かわかったかしら?」

「アイテムの無力化……マズイ!」


 アースーは即効で勝負を決めることにした。

 もともと、神器の力がなくともアースーは超能力の分野において神童といわれた逸材だ。

 炎や氷、風や岩など、それぞれ属性の影響を受けないように保護しながら展開して、それを射出しようとする。


「遅いわよ」


 明美はその間に、三十個の火球を生成。

 しかも、アースーの攻撃準備が終わる前に射出してきた。

 アースーは咄嗟に、生み出した属性を攻撃ではなく防御に回して、火球を防ぐ。

 ただし、それでは三十個には耐えられないので、念力で自分を動かして回避する。


「んーもう。汎用性の高い能力ね。でも、そのままじゃジリ貧よ?」


 次は四十個。

 アースーの額に嫌な汗が流れた。


「私はね。この二器の神器で様々なことをクリアしてきたのよ。魔法をブーストする神器による圧倒的な火力でモンスターを蹴散らすのはもちろん。人が相手のときはもっと楽だったわ。いろいろな人がいるけど、道具を全く使わない人なんていない。無力化してしまえば、どんなやつだって全力で動くことなんてできないわ」

「圧倒的な優位性か……」

「そうよ。神器を二器。そんな反則じみた力を私は持っている。しかも、戦闘に特化しているのは、評議会の中でも私だけ。わかる?あんたじゃ絶対に、私には勝てないのよ!」


 火球四十個がアースーに迫る。

 アースーは氷の壁を生み出したり、火球の分子運動の制御を行うとするが、神器によってプロテクトがかかっているせいか制御できない。


「やばっ……」

「神器が二個で反則じみた……ねぇ」


 アースーの耳に聞こえてきたのは、ここにはいないはずの声。


「じゃあ俺は何なんだろうな」


 秀星はアースーの前に立つと、目の前の空間に向かって正拳突きをした。

 すると、すべての火球が砕け散る。


「……あら、朝森秀星ね」

「ああ、で、あんたは?」

「FTR精鋭班所属、もと『星明りの大地スターライト・グラウンド』リーダー。星宮明美よ」

「そのチーム名どこかで……ああ、篝天理(かがりてんり)の上司か」

「そうよ」


 評議会の本部を襲撃していた『魔剣ユグドラシル』を持っていた男。

 確か、そいつが言っていたチーム名がそのような名前だった気がした。


「まあ、復讐だとかそういう感じで動いてるわけじゃなさそうだな」

「好みじゃないもん」

「冷たいな……」


 自分のことをとりあえず棚に上げて秀星はそう言った。


「まあいいわ。あんた、なかなか活躍してるみたいだけど、神器を二器所有する私には勝てない」

「その根拠は?」

「あの魔法を使う立方体、あれがあなたの神器ね。あれだけ汎用性が高い神器なら、絶大な威力を持つ剣や銃を創造魔法で作ることだってできる。便利のようだけど、すでに捨て駒を向かわせたとき、レプリカで無力化できたことは確認済み。ならば、永続的に、範囲的に無効化できる私には勝てないわ。QED。証明終了よ」

「……」


 秀星は『一応筋は通ってるな』程度にしか考えていなかった。


「どう?正論過ぎて言葉も出ないかしら」

「本心を伝える義務があるのか?」

「あら、まだ私に勝てると思ってるのかしら」

「好きにしろ」

「フフフ。いまなら、FTRに入れるように掛け合ってもいいけどね。あんたほどの実力者なら、ボスだって首を縦に振るでしょうし」

「これが篝天理にも言ったんだが……寝言は寝て言え」

「残念」


 明美は火球を五十個出現させる。


「そこにいる王と一緒に死になさい!」


 火球がすべて射出される。

 まっすぐこちらに向かって飛んできた。


「なぜ俺が余裕を崩さないのか。せめてそこを考えてほしかったんだがな」


 秀星は目の前の空間に蹴りを入れる。

 すると、火球がすべて砕け散った。


「え……うそ、神器だって起動しないはず」

「ああ、そのとおりだ。実際、あの立方体はうんともすんともいわないからな」


 そこは事実だ。

 それはおろか、今現在、すべての神器が機能していない。

 絶大な影響力だが、これにも理由はある。

 明美が持っている神器だが、どちらも『上位神』が作ったものだからだ。

 秀星が持っている十個の神器はすべて、『下位神』の一人である『創造神ゼツヤ』が作ったもの。

 神器の多くは創造神が作っているのだが、神器を作れるのは創造神だけではない。

 上位神だって作れる。

 明美が持っているのは、そういう神器だ。


「チッ。なら、こっちだって遠慮はしないよ!」


 様々な属性のエネルギー弾が大量に出現する。

 犯罪組織故に躊躇がないのか、アースーが作るそれらよりもかなり濃密だ。


「塵になりなさい!」


 すべてが迫る中、秀星は拳を振り上げて、それを空間に叩きつける。

 それだけで、全て砕け散った。


「うそでしょ。そんな戦闘力を、神器なしで生み出すことができるわけ無い……」

「別に何もしてきてないわけじゃないさ」


 あくびをする秀星。


「何ですって?」

「簡単な話だ。お前と戦う前に、自分の体を作り変えているんだよ」

「な……作り変えるですって!?」


 単純な話である。

 今の秀星には、アルテマセンスもエリクサーブラッドも機能していない。

 だが、予め作りかえておけば、それらに似たものを作り、定着させることは可能。


「まあでも、言ってしまえば改造人間みたいなもんでしょ?その程度なら、私の最大火力で塵にできるわ!」

「……本当にお前の予測どおりだったらな」

「え?」

「まあ、どうでもいいけど」


 秀星は接近する。

 放射型の魔法が飛んできたりするが、秀星は気にしない。

 そもそも、秀星の肉体を改造できる神器は一つではない。

 さらに言えば、改造段階ではエリクサーブラッドが機能しているので、多少の無茶なら問題はない。

 秀星がそれなりに真面目にやれば、神器を三つか四つ使っている程度の戦闘力を発揮できる。


「全部遅い」


 急接近して、ミスディレクションを複数やった上で『無力化』の神器を奪った。


「な……」

「接近戦弱すぎだろ」


 距離をとってステッキを片手でくるくる回して遊ぶ秀星。


「で、でも無駄よ。貴方にそれを使うことはできな……!」


 明美は驚いた。

 自分の魔法をブーストする神器が無力化されていることに気がついたのだろう。


「な……なんで」

「無力化に対する抵抗技術を使っておくべきだったな」


 同じ上位神が作った神器なら、プロテクトをかけておけば多少の抵抗は可能だ。

 奪われた時点でするべきだったのだが、神器を持った上での常識しか知らなかったからだろう。簡単に倒せるのだ。


「そ、そんなことは今はいいわ。なんであんたは使えるのよ!私以外、誰にも使うことはできないはずよ!」


 間違ってはいない。

 神器を手に入れたとしても、先天的な項目に適さず使うことができない例もあるくらいだ。

 しかし、そんな常識は通用しない。

 アイテムマスターである秀星に、使用制限など関係ない。


「ま、自分の常識を超えているやつがいるってことだ。おとなしくお縄についてもらうぞ。それとも……」


 秀星はタブレットを出現させる。


「神器を無力化された上で、神器持ち二人を相手にするか?」

「!」


 明美はアースーの方を見る。

 アースーは自分の状態を確認して、いつもどおりに戻ったことに気が付いたようだ。

 そして、とてもいい笑顔を明美に向ける。


「こ、降参よ」


 流石に勝てないと悟ったようだ。


 これで終わりだ。

 秀星は今は王のそばにいる人間の一人である。

 これ以上はしない。

 礼を言ってくるアースーに早く明美を連行するように言い聞かせて、アースーが一緒の車に入って送っていった。

 ボロボロの大使館で、一人になった秀星は呟く。


「神器二つか……ま、その程度で自慢してくる連中なら、しばらくは大丈夫か」


 上位神が作った神器を持っているなら、それは別に構わない。

 その上、最高神となれば、話は変わってくるが。


「さてと……上位神が作った神器を持っていると下位神が作った神器が使えなくなるからな。これはエインズワース王国に預けますかね……」


 秀星はつぶやくと、指をパチンと鳴らして大使館を元通りにして、その場を去った。

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