第千四百四話
「……定まったようだな」
「ああ」
秀星の目線が、まっすぐにレルクスに向けられる。
その視線には、一切の迷いはない。
「確定した未来は見えなかったようだが、付き合ってやろう」
レルクスは地面に突き刺していた剣を抜いて、秀星に向ける。
(俺に剣を向ける。それだけで、もうこいつには勝てないんじゃないかって、今の俺ですらうっすら思うほどの『圧力』……全知ねぇ)
秀星は今握っている剣、『全知の剣アカシックレコード』にたどり着いたとき、これでやっと、レルクスの次元が見えると思っていた。
しかし、秀星自身が神ではないゆえに、『無限の情報量』に耐えきれず、全知の剣は単なるアクセス端末にしかならない。
「勝敗を決めようか」
「何度も訂正させないように。これから決まるのは勝敗ではない。格付けだ」
「そうか……」
レルクスしか知らない先の話だろうか。
それに頷きつつ、秀星も剣を構える。
……まだ、静かなものだ。
思えば、誰も、好戦的な意見を持っていないのだ。
なんなら酒盛りすら始めているものもいる。
それはまあ盛り上がらないだろう。
これまでもずっとそうで、これからもずっとそう。
秀星は一人の魔戦士に過ぎず、レルクスもまた一人の神に過ぎない。
そんな二人が、ちょっと、どっちが上か決めようとしているだけ。
しかしそうであるがゆえに、どちらも、何も背負わず、自分のエゴで戦える。
それもきっと、尊い話だ。
「……すぅ」
秀星が息を吸う。
そして、自らの思いに、『名』を付けた。
「……『我流・終幕・儚月』」
それを聞き入れたレルクスは、自らも『思い』を語る。
「『剣筋・笑話・運命荒波』」
双方、突撃。
全ての情報にアクセスする手段を持つ二人が、最高のスペックを発揮するが、そうでありながら『速さ』を最優先としないゆえに、速度は圧倒的ではない。
ただ、速度は圧倒的ではないが、お互いに迷いのない剣筋。
袈裟斬りで、お互いに剣を振り下ろす。
剣と剣が、あと一秒もない間に、衝突――
……なぜ、レルクスは『勝敗』という言葉を避けるのだろう。
……『このまま剣を振り下ろすこと』は、酷いオチになり得るのか?
……何か、予想できないことがあるのではないか?
……本当に何が起こるのかわからない。
……レルクスが語ることすらしないような、ひどいこと。
……いったい、なんだろう。
――剣と剣が衝突する瞬間、秀星の視界の端に……一輪の乙女椿が映った。
「がっ!」
横から飛んできた何か。
今の秀星が反応すらできない速度で動く何かが横から衝突してきて、秀星は障壁が完全に消滅した。
全知の剣に融合しているゆえにエリクサーブラッドが機能せず、全身がクラクラするような衝撃の中、超高速で動くそれが、走っているのが……。
「うにゃああああああああああああ! むうううううううううううううう! ふにゃあああああああああああああああああああああああ!」
理解した。
ものすごく理解した。
なるほど、これでは、秀星とレルクスの『勝敗』はつきそうにない。
(レルクスは……あ、障壁が消えてる……)
椿が撥ねたのだろうか。
どうしようもないようなモヤモヤを抱えたような、そんな表情で、転移していくレルクスが見えた。
(寝ぼけてるときの椿が凄くて忘れてた。そうだ。もう一つ……『どうしようもなく予測できないこと』があったなぁ)
発作。
詳しい原理は全く持って不明。
ただ、感情が爆発することによって発生し……強烈な『ギャグ補正』を引き起こす。
(ああ……なるほど……)
秀星もまた、どうしようもないモヤモヤのような表情になる。
(こりゃ……ひでえわ……)
維持できない全知の剣の融合が解除されて自分の体に戻る。
初期エリアに転移しながら、秀星は愚痴を内心で呟いた。




