第千三百八十三話
斬撃が激突する。
無駄な破壊はない。
お互いが剣に込めた理屈の答えが相殺され、鍔迫り合いになった。
「……ラターグ」
「ん?」
「あなたは、剣士じゃない」
「そうだね」
ラターグは剣を押し込む。
それだけで、ミーシェは押されて後ろに下がった。
剣士ではない。
ただ、それが、ミーシェ相手に鍔迫り合いで勝てない理由にもならない。
「……あの不死鳥、ずっとあそこにいるだけで、何もしてこない」
「僕が出したモンスターだよ? 必要がなければ行動なんてしないさ」
「……」
言い換えれば、行動する必要があるならさせているということだ。
それをしないということは、不死性しか気にしていないということ。
「その不死鳥、本当に不死性しか使ってないの?」
「時間稼ぎが必要なんだよ。剣術……敵と『戦う』ことを司る君と違い、僕は堕落、しかも睡眠という方向に特化してるから、頭が戦いに集中するまでに時間がかかるんだ」
今もまだ、脳みそのほとんどが寝ている状態のラターグ。
まあ、こればかりは彼の資質のようなものであり、注意した程度でどうにかなるようにはできていない。
「さて……そろそろいいかな。次の階に下がろう」
「!」
不死性を得るために展開していた不死鳥の祭壇。
その存在が薄れていく。
「『スロウス・ワールド第三層・常夜の楽園』」
発動した瞬間、特別エリア全域が、『夜』になった。
「……」
「あんまり驚いてないね。まあ、君なら『昼』を斬れるから、強制的に夜になるくらいのことでは驚かないか」
「この場所は一体……」
「フフッ、良い子は寝る時間だ。本来ならこの技の影響範囲に入った時点で、気持ちいい寝具を求めるようになる。厳密には、布団や枕がこの世で最も心地よいものだと認識するようになる。身体から活力が失われて眠気を誘うようになる」
「……その程度の力なら、普段から使えるはず。なぜ、『第三層』として設定されている?」
「力って言うのはね。強いか弱いかで決めるもんじゃないよ」
微笑むラターグ。
「どれだけ自分の本質に近いか。それで決めるべきさ。そうじゃないと、全力を出せない。本気になれない。全力とか本気を出すっていうのはとても難しいことだから、誰かに教わらないとできないからね」
ラターグにも、教育論はある。
「秀星君やマクロード君に出会ったとき、君が修行を付けた後だったけど……爆笑しかけたよ。君から叩き込まれた剣術で強い存在になっていたが……彼らは、『自信』はあったけど、『自慢』のやり方を知らなかった」
「!」
「自信があることをするのは大事だけど、自慢できるものを作り上げていくのはもっと大切だ。それが成長するってことだよ。そうすれば自分を見つけられるし、出せるようになる。そこでやっと、本気や全力を出せるようになる」
語る。
「秀星君って。人間の中だとめっちゃ強いよ。神々と比べても、スペックに差はあるけど技術で全部超えられる。凄いことだけど……『強そうじゃない』でしょ?」
「……」
「まあ、正直に言うとね」
ラターグの、『秀星を育てたミーシェ』に対する結論。
「本気を出す才能がないやつっていうのが、一番怖くないんだよね」
「……あなたにはあるの? 本気を出す才能」
「いや、ないよ? だから準備時間がめちゃくちゃ長い。そんな自分を反面教師にしたから、天界でもいろんな子が僕のところに来るわけさ」
ミーシェは剣術を極めているが、ラターグも堕落を極めているのは、広義的には何も変わらない。
ただ、その中で何を自覚しているのかということだけだ。
「で、どうする?」
「……」
ミーシェは、剣を納めた。
まだ、技と呼べるものはほとんど出していない。
全力を出せば、本気を出せば、どうなるかはわからない。
ただ、今の戦いは、『師匠として』の部分だ。
強くなればいい。と言うだけの教育論しか持たないミーシェでは、ラターグに負け続けるだけ。
加えて……。
「……私も、本気を出す才能はない。きっと、あなたよりもそう。どちらが師匠として優れているかは……あなたの勝ち」
そういって、ミーシェはラターグの元から去っていった。




