第千三百六十五話
椿VS栞の戦い。
『堕落神風刃』を解放と、『掌灯永洪』を解放の衝突は……特別エリアの建物を、文字通りバラバラにしていく。
「ハアアアアアアッ!」
栞が左手を天に掲げると、膨大な白い水が出現。
「パシフィック・オーシャン・ダウン!」
通常、水属性攻撃となれば、球体や弓矢のような形にしたものをぶつけたり、強者になれば津波を引き起こしたりするものだ。
だが、栞の場合はそのような規模に収まらない。
相手にぶつけるのは、『太平洋』そのもの。
水の体積は7.14億立方キロメートルで、地球の海水のほぼ半分。
それを丸ごと一つ生み出し、エリアの広さゆえに『絶大な圧縮』を行ったうえで、たった一人を倒すためにぶつける。
文字通り遠慮も容赦もなにもない攻撃だが……。
「むう……堕落神風刃……」
椿は剣を構える。
そこに、灰色の風が集まってきた。
……いや、本来、風に色はない。
ただ、魔力の影響か、やや緑色に見える風になっていたが、今の風の色は灰色。
何か、ヨクナイコトが起こりそうな……。
「絶対禁忌・失望風園」
剣を振り上げる。
灰色の風が放たれて、周囲に広がった。
そこに落ちてきた太平洋は……容易く、消滅し、魔力に戻っていく。
周囲に漂う灰色の風は、周囲に存在する、ありとあらゆる『活動』を眠らせていく。
「……」
栞は、意識が朦朧としてきた。
風から逃げられず、全身の筋肉が活動停止に向かい、頭の中も急速に就寝に向かっていく。
心臓などをはじめとする生命維持に関連することは何も影響がないが、とにかく、『活力』という意味で、全身からその力が削げ落ちていく。
(は……範囲から逃れるのが遅れた……)
厳密には、風から逃げられなかったのではない。
どれほど椿が本気を出そうが、風そのものは速くない。
しかし、ただ『そこに存在する』だけで影響を与えるものもある。
竜巻というものが強大な力を持っていようと、傍にいなければ飛ばされないが、どれほど遠くから見たとしてもその『迫力』を感じさせるように。
灰色の風も、ただそこに存在するだけで、周囲に影響を与える。
……ただ、膝をつかない栞がすさまじいという話だろう。
事実を言えば……この『堕落旋風刃・絶対禁忌・失望風園』という技は、秀星の『宝水エリクサーブラッド』が持つ、『常時コンディション更新機能』を容易に貫通する。
神器ではない攻撃によって神器の性能を貫通するということは、ここに込められた堕落の力は、神に匹敵するほど『安定性』があり、神の力に匹敵するということだ。
秀星と風香の娘である椿が持つ『素質』というものは、たとえ椿がどのような人間に育とうとも、圧倒的なそれを発揮することを意味する可能性も……あるのだろうか。普段の椿を見ているとどうも納得できないが。
「はっ……!」
歯を噛みしめて、剣を構えなおして椿に突撃する栞。
「今日こそ、今日こそ倒すわ……」
椿に向けて剣を振り下ろす。
しかし……。
「にゅ~……堕落神風刃・超絶技・八王の揺籃」
一閃。
椿の剣が真横に振られると、それだけで、栞の意識を刈り取った。
そして、栞が地面に倒れるよりも早く、その体から障壁がなくなり、初期エリアに転移していく。
同時に、白い海も、大灯台大軍艦も消えていった。
「……む~。眠いです~」
椿はアトムとセフィアの方を見ることなく、別の方向に歩いていった。
その先は……高志とミーシェが戦っている場所。
「……はぁ、あれが、秀星と風香の娘か」
その姿を見送りつつ、アトムは溜息をついた。




