第千三百三十七話
「むー……あ、清磨さん。負けたみたいですね。勝ったのは……ゼツヤさん? なんだか変な組み合わせですね」
椿はとことこ歩いていた。
エリアの状態は、二階建ての一軒家が並んだ巨大な住宅街。
ただ、それぞれの敷地内に、緑がやや多い印象だ。
様々な木や草や花が、気持ちよく流れる風によって揺れている。
「……むー。ふああ~……」
椿は大きくあくびをした。
モフモフばかりだった自分のエリアと違い、とても日常感があふれる場所になっている。
そして、このエリアのいろいろなものを優しく揺らす風。
これが、とても気持ちいいのだ。
眠気を誘う。
というか、実際に眠くなってきている。
「むにゅ~……む~……む?」
建物が立っていない空き地を発見した。
特に何も置かれておらず、きちんと手入れされた草原と言った様子。
そこに……風香が眠っていた。
「あ~。お母さんですうう~~」
むにゃむにゃと眠たくなる体を動かして、椿は風香のところに向かって歩いていく。
近くまでくると、自分の刀を傍に置いて、そのまま寝ている風香にゆっくりと抱き着いた。
「む~……むー……zzz」
そのままスヤスヤと寝始める椿。
椿にとって、風香の体は抱き着いて気持ちいいのか、本当に気持ちよさそうに寝ている。
そして抱き着かれても、風香は特に表情を変えることはない。
自分のエリアに誰かが入ってきて、それに気が付かないほど、風香だって鈍くはない。寝ていたとしても分かるくらい、風香も鍛えている。
ただ……バトルロイヤルと言うのは遭遇戦でもあるわけだが、別に椿は風香と戦いたいわけではないし、風香もまた、椿と戦う気は別にない。
エリアの属性として、『気持ちのいい風』が吹いているのだから、少し、戦うことは忘れて、安らかに眠りにつこう。愛娘と一緒に寝るのなら別に問題もない。
「むー……ふふっ……zzz」
しっかり抱き着いて、風香の体に自分の体を押しつけて眠る椿。
「……」
何を思ったのか、風香は、右手を少し持ち上げると、風を集める。
そして、三日月のような形になったそれを、遠くに飛ばした。
……。
遠くの方から、『イヤアアアアアアアアッ! 僕の数少ない抱き枕がああああああっ!』という声が聞こえてきたような気がしなくもないが、風香と椿にとってはどうでもいいことだ。
本音を言えば、『邪魔すんな。出ていけ』と言ったところだろうか。
ラターグだって基本的にダラダラしたいし、気持ちよく寝られそうな場所があったので、しっかりと敷布団と毛布と枕と抱き枕を用意して寝たかったのだが、出て行けと言われたらしゃーない。
「……」
感知範囲からいなくなったのか、風香は右手を持ちあげるのを止めた。
……高志や来夏とはまた別の意味で、こいつらもバトルロイヤルをわかっているのだろうか。
まあ、ステージを堪能するというのも、ある意味ではバトルロイヤルの楽しみ方ではあるのだが……なかなか思うようには戦ってくれないモノである。




