第千三百二十話
「むー! このバット壊れてるんじゃないですか!?」
そもそも魔法省の職員が野球をやっているのは、事務作業で凝り固まった体をほぐすためである。
鬼畜権化のような男であるアトムといえど、さすがに休憩は一時間取らせないといけない。まあ、アトムは休憩時間を取ってないのだが、それはそれ。
さすがに九イニングもやるアホはいない。三イニングで決着である。
まあ要するに『すぐに終わる』という意味であり、実際に試合はすぐに終了。
椿は打席に二回立つことができたのだが、結果は悲惨なことになった。
一打席目は、芯でとらえたはずなのに何故か空振りという状態。
二打席目は、振ろうとしたバットがなぜか重くなって地面に落下。地面を抉った。
さすがに『正常』とは言えないのだが、だからと言って何がどうなっているのかよくわからないので、優秀な頭脳の持ち主であるはずの魔法省の職員であってもどうしようもない。
とはいえ、『まあ、椿ちゃんだしなぁ』というのが正直なところだ。
そもそも、高志や来夏のバール移動のように、『何の変哲もない道具が本来あり得ない挙動をする』というのと同じ属性ではなかろうか。
……いや、真面目に考えても仕方がない。ギャグ補正に原則はないので。
「むー! むー! これじゃあプロのグラウンドでホームランボールをお父さんに飛ばすことができないですううううっ!」
一体何をやろうとしているんだこの子。
「……未来では野球チームに入ってるの?」
「む? 入ってないですよ?」
じゃあどうやってプロのグラウンドに立つつもりなんだ……。
「それって、グラウンドに立てないんじゃ……」
「未来の野球は大体魔法込みですからね! 強かったらエキシビションで打席に立てるんですよ!」
なるほど。
……なるほど?
「ちなみにお父さんは一回だけマウンドに立ってますが、一発で出禁を食らいました」
まあ確かに、秀星がマウンドに立っているときに打席に立ちたくない。
エキシビションだろうが何だろうが、普通に拒否できる自信がある。
というか、その時の打席には誰が立っていたのだろう。
「むう、今回はうまくいかなかったですが、また挑戦しますよ! むっはー!」
椿は本当にどうしようもない場合を除いて諦めるという言葉は使わない。
……まあ、また来るというのなら、魔法省の敷地にグラウンドを作った甲斐があるというものだ。
『本当に椿ちゃん来るの?』という視線を向けられること多数だったが、これで受け入れられるだろう。
……業務とか関係なく、『椿に受け入れられるかどうか』で予算が決まるというのも、なんだか依存症の様で面倒な話だが。




