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第千三百十話

 秀星VSマクロードの喧嘩は、純粋な暴力のぶつかり合いと化している。


 一応、二人にはこの闘技場で使われる障壁魔法具によって膜のようなものがあるのだが、強い攻撃が一撃でも入れば簡単に砕けるようなものだろう。というか、その威力を想定したつくりになっていないと言える。


「ふう……ちょっと疲れてきたなぁ」

「あー。こっちもだ。闘魂戦術は流石に疲れる」


 ピタリと、攻撃が止まった。


 それまではずっと攻撃し続けていたのに、『間』が入った様子の二人。


 何か、彼らの間で決めている合図があった。といったところだろう。それほど、不自然なほどピタリと止まった。


「……はぁ。ところで聞きたいんだけど、秀星君って、今はユイカミに抜かれてた『あのスキル』は使えるのかい?」

「ん?当然だろ」


 秀星がそういうとともに……右目に、蝶のような紋章が浮かび上がる。


「はぁ……『バタフライ・アイズ』だったかな」

「ああ」

「『その目で見たものが、歴史を変える蝶を担うモノかどうかがわかる』……だったかな」

「その通り」


 わざわざ、確認するようなことではないはずである。


 親友であった過去を考えれば、そんなスキルの効果くらいは分かっているだろう。


 もしかしたら、『いくつかの条件によって、効果そのものが変わる』という可能性も、なくはない。というより、今のマクロードの表情は、それが一番近い。


「……で、自分を見たのかい?」

「もちろん見たよ。まあ、鏡越しにしかわからないんだがな」

「結果は?」

「ああ……」


 やり取りに、シンプルさというか、普通の会話といった雰囲気はない。


 きっと、二人の間でのみ通じるおまじないのようなものだろう。


 秀星は、とても楽しそうな表情になる。


 まるで、それを言うことを、とても楽しみにしていたかのように。


「この世界の……『主人公』は、俺だ」


 秀星の呟き。


 それは、マクロードと、この闘技場の観客席に残る一部のものにしか聞き取れないモノ。


 ただ、そこに含まれた意味は、解釈にもよるが、とても大きなものだろう。


「……なるほど、このタイミングで聞いておいてよかった」


 マクロードはそうつぶやくと、体から魔力を溢れさせる。


 火山の噴火を思わせるほど解放される魔力は、握る剣に集まり、不気味なほど静かに安定している。


「……最後の一撃。のつもりか?マクロード」

「この攻撃を放った後、まともに私が戦闘を継続できないのは確かだよ」

「なるほど」


 それを聞いた秀星の右腕に、外套の袖の上から、三つの金属のリングが装着される。


「……それは確か、君が神器の力を最大まで引き出すために作ったアイテムだったかな」

「基本性能として、膨大なほどの『光属性』を扱える力がある。そこまでは教えたことがあるな」

「そうだね。なら、ほかにもあると?」

「ああ……それとは別に、『神器を十個使っている場合』に発動できる力がある」


 秀星は右手に握る『星王剣プレシャス』を構えなおす。


「『ケテル』を解放」


 秀星が宣言すると、プレシャスの刀身に、王冠のようなシンボルが刻まれる。


「……シンボルが刻まれるだけかい?」

「そう思うなら、やってみればいいさ」


 秀星は微笑む。


「……なら、やろうか」


 マクロードの体から吹き荒れる魔力が止まる。


 そして、剣にその魔力が集められて、静かに、解放の時を待つ。


 秀星の方も、剣にシンボルが刻まれただけであり、特に音を立てない。


 どうしようもないほど、決着が近いと確信させる力が秘められたものが、これからあるはず。


 だが、それに反するように、不気味なほど、凍えるほど、そして芸術的に静かな空間となった。


「……静かだね」

「ああ。でも、俺たちらしいさ。熱く、煮えたぎるような戦いは……『あの日』に置いてきた」

「なるほど、それは私も同じだ。私たちにはこれくらいがちょうどいい」


 即座に通じるお互いの言葉。


 真意は不明なれど……その真意の果ての答えの一つが、これから決まる。


「行くぞ。秀星」

「来いよ。マクロード」


 マクロードは、不気味なほど静かな剣を構えて、秀星に向かって突撃する。

 秀星も、右手に握るプレシャスを、引き絞るように構える。


 お互いが全力で放つ一刀。


 双方の剣は、圧倒的な暴力を秘めて衝突し……マクロードの剣が、跡形もなく消失した。


「……なっ……ば、馬鹿な……」


 柄だけになった剣を見下ろして、マクロードは驚愕する。


 そのまま、秀星の剣が、マクロードの体に直撃する。


「一つ言い忘れてた」


 秀星は、ごめんな。といいたそうにしつつも、言葉を続ける。


「俺、お前を片手間に倒せるくらい、強くなってんだよ」


 そのまま、プレシャスを振りぬく。


「がっ!」


 圧倒的な暴力が、自分の体の表面で暴れるような、形容しがたい感覚。


 それがマクロードを支配し、膜を破壊しつつ吹き飛ぶ。


 十メートル以上吹き飛ばされた彼は、そのまま地面を転がり、砂ぼこりを巻き上げて止まった。


「お前を守ってた結界はなくなった。決闘しては、俺の勝ちだな。マクロード」

「……はぁ。私を片手間に倒せるくらいか。確かに、否定できないね。これは」


 地面に倒れたまま空を見上げるマクロード。


「……有終の美。か。それを求めるべきという君の意見。認めよう」

「ハハハッ!そういや、お前は、最後に痛い目に合っておいた方が、後々バネにできる派だったな」


 秀星はマクロードの傍に立つと、右手を出す。


 マクロードはフッと微笑んでその右手を掴んだ。


 秀星が引き上げてマクロードを立たせる。


「強くなったな。秀星」

「お前もな。さて……」


 会場を見渡す秀星。


 闘技場は荒れに荒れており、原形はとどめているものの、明らかにこのまま撤収したらキレられるレベルに到達している。


「散々迷惑かけたし、まあ、さっさと後のことは処理して帰りますか」

「そうだね。確かにこのままだと怒られそうだ」


 大喧嘩した後は、ちゃんと片付けまでやる。


 何かと、被害が大きくなる彼らにとって、それはルールらしい。


「お父さん!マクロードさん!終わったんですね!」

「お、椿」


 ステージの出入り口を見ると、椿が走ってきていた。


 そのまま秀星に抱き着いて、ギューっと抱きしめる。


「うへへ。やっぱりお父さんが勝ったんですね!」

「まあな。俺が負けるわけねえだろ」

「そうですね!マクロードさんに負けるわけないです!」

「ひどいなこいつら……」


 なかなか酷いことを言い合う親子を見て苦笑するマクロードだが、こればかりは言い返せない。


「まあまあ、秀星と付き合ってりゃこれくらい当然だろ?気分落とすなって」


 高志が良い笑顔でマクロードの話しかける。


「はぁ、秀星そっくりな顔でそういうこと言われるとなんかムカつくな」

「お前もひどいぞ!」

「ハッハッハ!まあ、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃねえか。それくらいがちょうどいいだろ!」


 来夏も笑いながらこっちに来る。


「……はぁ、なんていうか、すんごい出力だったね。見ていてなんか単純にやばかったよ」


 風香は苦笑交じりの様子。


「闘魂戦術の完全制御はまだだが、十分、使いこなせてはいたからな。それなら、あの出力は当然だろう(……ラターグは帰ったか)」


 幽月の表情は特に動いていない。


 どうやら、闘技場に関してはいろいろ思うところはあれど、二人の決闘の大まかな筋くらいは想定していたようだ。


「むっふふ~♪どっちもすごかったですよ!私もアレくらいできるようになりたいです!」

「過剰すぎるわよ……」

「~♪」


 はしゃぐ椿に呆れる栞。

 そして、何を考えているのかよくわからない刹那。


 ……いつもの構造である。


「むう!細かいことは良いんですよ!」

「……はぁ、今回に関してはそういうことでいいわ……」


 椿のことはもうどうしようもない。


「さてと、そろそろ修復作業でもやるか……なんか、俺一人でやるのが一番早い疑惑があるのは気のせいか?」

「そんなことはあると思うよ。秀星」

「だよなー……」


 最後の最後にあきれる秀星である。


 ★


 そのころ……。


 日本の魔法省の執務室で、アトムはパソコンのキーボードをタイピングしていた。


「……そろそろ、喧嘩も終わったころか」


 彼の感知能力の高さ故のものだろうか。秀星とマクロードの出力が高すぎて影響力が大きいということもあって、アトムは感じ取っていたらしい。


「まあ、あの程度の相手なら、秀星の勝ちだろうな……で、そこで何をしている?」


 アトムは声に魔法を使って付与を行うと、扉の向こうにいる『誰か』に話しかける。


 少々驚いた様子があったが、すぐに、部屋に入ってきた。


 トレンチコートと深めに被った帽子に、サングラスとマスク。


 身長は高く、体格もいいし、首元にのどぼとけが見えるが、なんだか『男性である』ということを除いてすべてを隠しているかのようないで立ちだ。


「初見さんかな?君のような人間を見たことはないのだが」

「……私はとある人物からの手紙を預かっているだけだ」


 そういって、男は手紙を取り出す。


 そのまま指を弾いて、アトムに飛ばす。


 アトムは飛ばされたそれを簡単に受け止めた。


「……中を確認しても?」

「構わない」


 アトムは封を切って、中を確認する。

 四つ折りになった紙があったので、それを開いた。


「……ふむ、なるほど、大規模ステージの『バトルロイヤル』の招待状か」

「ああ。そうだ。手紙は渡した。私はこれで失礼する」


 男はそういうと、アトムが瞬き一つする時間で、部屋から消えた。


「……はぁ」


 アトムは溜息をついた。

 招待状には、十六人の名前が記載されている。


 それが、今回のバトルロイヤルイベントに呼ぶ予定のメンバーとのこと。


 その人物だが……なかなか、壮絶と言える。


『朝森秀星』 

『頤核』

『鈴木宗一郎』

『朝森高志』

『諸星来夏』

『八代風香』

『理想塚基樹』

『時島清磨』

『朝森椿』

『頤栞』

『マクロード・シャングリラ』

『伏原幽月』

『堕落神ラターグ』

『創造神ゼツヤ』

『剣術神祖ミーシェ』

『全知神レルクス』


 といった面々である。


「……『喧嘩』の後は『祭り』か。元気なことだ」


 アトムは招待状をテーブルに置きつつ……リストの一番最後にヤバい名前が載っていたことについて、どう考えたものかと苦笑した。

次回より、本編最終章『神器を十個持って異世界から帰ってきたけど、現代もファンタジーだったので片手間に無双することにした。編』を開始します。

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