第千三百九話
「闘技場が壊れそうだな……」
幽月は観客席で呟く。
まあ、彼の発現の原因ははっきりしており、単純に、『朝森秀星という男の次元にマクロードが合わせた』ためだ。
神々が相手の場合、そもそもスペックの問題で勝てないため、秀星としては出力的な意味で全力を出す意味がない。
ありとあらゆる攻撃や防御において、『安定』という言葉を重要視する二人だが、魔力的な視点で見た時に最も安定しているのは、『神力』であり、神々はこの神力だけで構成されている。
だが、秀星VSマクロードという構図だと、神力というのは、魂のエネルギーよりも操るのが困難な代物であり、戦術的には除外されるのだ。
そのため、純粋に、『二人の間で出力が高い方』が勝つ。
しかも、『真理』というルールに対して、『宇宙』というルールを持ってきたことで、『強さの次元』がほぼ同じになった。
これによって……『全力の秀星に等しい威力を、マクロードも出せるようになる』ということ。
世界一位の男の全力などまだ発揮されたことがなく、なんだかヤバいことになってきているのだ。
「……ふむ、いっそのこと、闘技場だけを島から切り離すか?」
闘技場は坂神島の最南端に作られている。
一応、切り離して移動させることも可能だが……。
「その必要はなさそうだよ」
「ん?……ああ、お前か」
「ははっ、秀星君でも、急に僕を見かけたら驚くのにねぇ」
「全知神が来たら話は違うが、堕落神くらいならそうでもない」
「さいですか」
上下黒ジャージといういつもの格好で、レジ袋を手に、ラターグは幽月の隣に座る。
だらしない印象でジャージ姿のラターグと、きっちりスーツを着ている幽月が並んで座っているとなんだかシュールなものがあるが、周囲に人は少ないので別に構わないだろう。
「……で、避難する必要がないというのは?このままだと闘技場が壊れそうだが」
「まあ、いざとなれば僕がなんとかするし……というか、『そういうこと』をさせる場合、『この程度』なら、君の部下の……布明君だっけ?彼に任せればいいんじゃない?」
「全力を出せばという前提付きだが、まあそうだろうな。今頃頭を抱えているだろう。ただ……アンタに似てめんどくさがり屋になったからな……」
「そこはスマン……」
ラターグが謝っているところを見ると、どうやら『波長』とでも呼ぶべきものが合致してしまった可能性がある。
それが影響して、今も未来も楽をしてダラダラしたい。という欲求が布明に根付いている。
……といったところか。いずれにせよ、幽月にとって迷惑な話であることに変わりはない。
「しかし、朝森秀星……あそこまで強くなっているとはな。ホーラスから聞いた話と全然違うんだが……」
「ん?ホーラス?……ああ、君の教え子か」
「秀星の神器運用と闘魂戦術の師匠ともいえるか。聞いていた話と全然違うな」
「ほー……彼でも、秀星の成長力は測り切れなかったってことかな?」
「さあ?まあ、面倒なことが好きな奴だからな。あえて私に詳しくは言わなかっただけという可能性の方が高いが」
「僕の周りにも多いや。そういうやつ……」
ラターグは溜息をつく。
「……で、幽月君。彼らの戦いを見ていてどう思う?」
「どういう視点の話だ?」
「そうだねぇ……若いころとか、思い出したりしない?」
「残念ながら、私は昔から頼られる側で、ライバルもいなかったからな」
「なるほど、確かにそれは残念だ」
苦笑しつつ持ってきたお菓子を食べ始めるラターグ。
「……ラターグにはいたのか?対等に戦える相手」
「うーん……昔は、あー。そうだね」
ラターグは微笑む。
「若いころ……か。思い出すとしたら『彼』か。まだ神じゃなかったころだけどね。フフッ……ズート君。元気かなぁ」
彼が神になって、何億年だろう。
それほど昔のことだが、それでも、覚えている存在が、ラターグの中に入るらしい。




