第千三百七話
『グーとかパーとかチョキとか、飽きた。グーで殴り合おう』
という方針のもと、『闘魂戦術』で戦う事を決めたのは、本人たちらしいやり方ということにしよう。
ただこうなると、純粋な意味で『より優れた方が勝つ』という、シンプルな構造になる。
……いや、じゃんけんもシンプルなゲームだが、シンプルさが変わるのだ。
より優れた方が勝つ。の意味を正しく言い表すと、『より出力が高い方が勝つ』のだ。
これがどういうことかと言うと……。
「この闘技場にいると危険ですうううっ!はやく逃げるですうううっ!」
椿が騒いでいる通り、秀星とマクロードの出力が急激に上昇している。
今までは、二人とも、お互いを集中的に狙っていたし、それらを『完璧に捌く』ということをやっていたので、周囲に被害が及ぶということはあり得なかった。
だが、今は違う。
圧倒的な出力をぶつけ合うということに二人とも集中しており、それらが捌かれるということがなく、エネルギーは二人の間では止まらず、圧倒的な威力を持つ『余波』となって周囲を破壊し始めている。
もちろん、ステージと観客席の間には特殊な結界が存在するのだが、それがビキビキと悲鳴を出し始めており、なんだか『耐えてくれる気がしない』のだ。
まあ、それもそのはず。
今このステージで戦っているのは、日本の魔法省が認めた『世界一位の男』と、そんな男が認めた『親友』なのだ。
強すぎて当たり前で、圧倒的すぎて当たり前。
そんな二人が戦っているのだ。
周囲の人間は、それを『観察する事』すら、許されないのである。
「お父さんもマクロードさんも強すぎるですうううっ!」
椿の声は、意味不明すぎて静まり返った観客席ではよく響く。
ただ、椿の声で観客たちも理解したのだ。
いや、本来なら持っていておかしくない『ソレ』を、思い出したという方が正しい。
『戦いを間近で見る』ということが、『恐ろしいこと』なのだということを、彼らは、思い出したのだ。
「こんなところにいたら命がいくつあっても足りないですよ!うにゃあああああっ!」
いうが早いか、椿は観客席の階段を駆け上がって、そのまま外に消えていった。
それを見て正気を取り戻したかのように、多くの客が観客席から逃げていく。
恐ろしいものを目の前にして、それが『自分に被害を与えるのではないか』という可能性を帯び始めた。
それに対して恐怖を抱かない人間はいない。
「……はぁ、こういう時に限って、あの子も大げさね」
「~♪」
栞と刹那は、逃げ始める観客たちを尻目に、秀星とマクロードの戦いを見続けている。
単純な話、この二人にとって、『まだヤバいに値しない』というだけだ。
「……この戦いを見逃したら、絶対に損をする。さて、どんなものを見せてくれるのかしらね」
「~♪」
一部の実力者しか、もう観客席に残っていない。
ターニングポイントと言うには、十分だ。




