第千三百四話
「……記憶を取り戻した完全な君と話すのは、グリモアでの『あの日』以来だ。久しぶり。といった方が良いかな?」
「それはそうだが、一日で随分と雰囲気変わったな。昨日は全身筋肉痛で悶絶してたくせに」
闘技場の観客席はすべて埋まっている。
今もなお、どのように反応すればいいのかわからないといった様子だが、『今まで以上に何かすごいことが起こる』という確信があるのか、黙っている。
「フフッ、そういう反応。やっぱり、君はそうでないとね」
マクロードは楽しそうな表情だ。
その時、司会者が声を出す。
『簡単に、状況の説明でもしようか』
スピーカーから聞こえるのは、伏原幽月だ。
島の統治者からの声を聞き、緊張する一同。
……ということはなく、まあ緊張しているのは間違いないのだが、『この声って誰だっけ?』となっているものが多いのだ。
メディア露出は多くないし……というかそういう部分は時雨に任せておいた方が面倒な部分が少ないという現実があるので、坂神島の住民は、あまり幽月の声を知らないのだ。
ドンマイ。
『片方は、ご存じ、朝森秀星だ。日本の魔法省が、公式に世界一位を掲げる魔戦士』
知ってる。といった雰囲気が会場に充満する。
『そしてもう片方だが、そんな秀星の……異世界における『親友』と言える人物だ』
幽月の言葉にざわつき始める。
『これから彼らは、異世界で約束した『大喧嘩』をすることになる。まあ、原因に関してはばかばかしすぎて私から言うのも面倒だから、後で本人に聞いてくれ』
雑。
『さて、説明はこれくらいにしよう。闘技場での喧嘩なんだ。ここからは、暴力で語ってくれ』
そういうとともに、スピーカーからは声が聞こえなくなった。
「……フフッ、やっぱり面白い男だよ」
マクロードは左腰につっている剣を抜き放つ。
黒が持つ輝き。というものを研究し、そして濃縮されたような光沢を持つ刀身の長剣であり、片手で持っているが、なかなか長さがある。
「……剣はあの日から新調したのか」
「その通り」
秀星が鑑定魔法を使うと、名前だけわかった。
そこに刻まれているのは、『 ■■』
「……クソ意味わかんねえ剣を持ってきたな」
ため息交じりに手を掲げて、『星王剣プレシャス』を呼び出す秀星。
「まあまあ、シャレたことをするのなら、形から入らないとね」
「そのために『その名前の剣』を持ってきたのか?別のその場合の形ってそこまで物理的な意味ではないと思うんだが……まあいいや」
秀星は星王剣プレシャスを構え、目を閉じて深呼吸。
目を開けると、もう、飄々とした色は宿っていない。
「そうこなくっちゃ」
マクロードも剣を構える。
次の瞬間……
マクロードが放った無数の飛ぶ斬撃を、秀星は、黒い外套を羽織るという行為だけで、全て防いでしまった。
「……『デコヒーレンスの漆黒外套』か。久しぶりに見た」
「着る必要がなかったからな」
「フフッ、昔はそれを着させるので精いっぱい。みたいなこともあったが、今日は楽しめそうだよ」
準備運動は必要ない。というより、準備運動という概念そのものがない。
そして、お互いの観察力が高すぎて、小細工は役に立ってくれない。
そしてそれを、お互いに理解した。
「さて、喧嘩だ。行くよ?秀星」
「フフッ……来い!」




