第千三百三話
(いやー。なんというか、緊張感漂ってるなぁ)
これから何が行われるか気が気でならないのか、普段なら『熱狂』している会場は、かなり静かだ。
ただでさえ、日本の魔法省が『公式に世界一位と発表している存在』である朝森秀星が戦うとなれば話題性が抜群なのはわかりきったこと。
それに加えて、今回は対戦相手の情報がかなり少ない。
普段なら、そのあたりの事前情報がすべてそろったうえで、『対戦カードに比例した熱狂』があるものの、今回は情報が少ないため、熱狂しようにもできない。
……まあ、大雑把にまとめるとそんなところか。
(多分、マクロードの方も緊張感抜けきってて、なんならあくびくらいはしてるのかね?会場全体の雰囲気と全然違うからドエライことになってるだろうな)
現在、秀星がいるのは闘技場の控室。
そこにある椅子に座って、のんきにお菓子を食べながら正午になるのを待っていた。
闘技場の職員と思われる人間が部屋の前で待機しているが、かなりソワソワしている。
(……俺の方も、武者震いすら出てこない……まあ、そうか。異世界では散々一緒に戦ってきた奴と、こっちでまた戦うだけなんだし)
ふああ、とあくびをする秀星。
……いや、そもそもの話をすると、秀星は『宝水エリクサーブラッド』があるので、武者震いという『ベストコンディションではない状態』というのは排除される。
もちろん、それ自体は秀星自身も理解している。
もっと言うと、マクロードもそのあたりの『精神異常耐性』を持っているので、秀星とほぼ同じ理由で、控室でのんびりしている可能性もある。
(はぁ……いやー、なんていうか、職員の皆さんに申し訳ないな。こんなだらけきったクソ共の相手をすることになっちゃって)
とはいえ。
この戦いそのものが『行われるか否か』というのは、秀星でもマクロードでもなく、幽月が決めていることだ。
魂の質と相性。その関係によって、通常の手段では秀星とマクロードが衝突することはできない。
今からその質を弄って変更するということは出来ないため、もしも幽月が本気で面倒になって『闘技場を盛大にいじった』ら、秀星とマクロードは即解散である。
そのため、実質的にこの戦いの首根っこを掴んでいるのは幽月だ。
幽月自身がそのあたりを理解しつつも、この環境を整えたという意味で、『まあ面倒な部分は幽月の責任にしておこう』と、秀星とマクロードは本気で考えているのである。
なんともまぁクソさ加減を間違えている二人だが、毎度のことなのでご愛嬌。
「……もうそろそろ。か」
さて、マクロードは何を持ってきたのやら。
少し、楽しみにしつつ、秀星は椅子から立ち上がった。




