第千三百話
正直に言わせてもらいたい。
コンコンっと音がして、窓の方を振り向いたら、『自分と全く同じ顔の人間』がいたとしたら、一体何を考えるだろうか。
「……お前が、ユイカミか」
「ああ。ユイカミだよ。二年半ぶりだね。朝森秀星」
真っ白い髪に黒いメッシュが入った、自分と比べて落ち着いた顔立ち。
自分以上に、『大きな物語を終えた後』を感じさせる、覇気のなさと溢れる活力という、矛盾したものを宿す瞳。
それが、ユイカミに対する……秀星にとって、第一印象と言って差し支えないだろう。
「……決戦を明日にして、戻ってきたって感じか」
「その通り。君は、かつてマクロードと交わした『約束』を覚えていないだろう?」
「……そうだな。マクロードともまだ顔を合わせてないし、俺の感覚だと、明日の決戦が初対面だ」
「そんな状態で決戦に挑んでも、何の意味もないからね。記憶と『力』を返して挑んでもらおうって判断した。準備時間は一日しかないけど、まあ問題はないだろ」
「雑……」
「自分のことだからな。加減……じゃなくて、デッドラインは分かってる」
「言い直してるところあれだけど、表現がきつくなってないか!?」
親指を立ててグッドサインを作るユイカミ。
それを見て秀星は察した。
なるほど……こいつは確かに、俺の器だと。
★
「秀星君。そろそろ晩御飯の時間に……あれ?」
「あらあら。こんな子供みたいな表情で寝てるなんてねぇ」
闘魂戦術についてあれこれ試していた風香と、それに付き添っていた時雨が部屋に戻ってきた。
ソファで寝ている秀星を見て話しかけた風香だったが、当の本人はスヤスヤと眠っている。
「ふーん……あら、『器』が戻ってるわね」
「え?」
「抜けていたはずの『器』……ユイカミと名乗ってたわね。そいつが見えるわ。今の彼は、朝森秀星からみたユイカミと、ユイカミから見た朝森秀星の両方を相互に解釈しつつ……終着地点を『朝森秀星』として、頭の中で自分を認識してる」
「……じゃあ、起きた時には、今まで通りの、秀星君なんですね」
「そうよ。まあ、少し『何かが変わる』かもしれないけど、そのあたりは秀星の解釈の具合によるから、私からは何も言えないわ」
時雨の左目が怪しく光り、秀星を見つめる。
目で何かしらのスキルを使っているのだろう。
彼の内側にあるものを正確にとらえ、今、どんな考えを秀星がしているのかすら見通している。
当然、通常の人間には不可能なことではあるが……この島のナンバーツーともなれば、『そういうもの』なのかもしれない。
「むふふーっ!」
玄関から椿の声がする。
そのまま満面の笑みを浮かべて、秀星が寝るリビングに入ってきた。
「ただいまです!」
「お帰り。椿ちゃん」
「……幽月が一緒だったはずだけど、どうしたの?」
「む?……おいてきました!」
不憫な男である。
「むー……むー……なんか、未来のお父さんに近い感じになってますね!」
椿は秀星を見つめて、なんとなくそう思ったようだ。
「未来の秀星には器があるはずだから、それに近くなったってことね」
「そっか……椿ちゃんにとっては、生まれた時から秀星君に器があるのが普通だもんね」
「むふふ~♪」
秀星に抱き着く椿。
その顔は本当にうれしそうで……実際に嬉しいのだろう。
器があるということと、ないということの明確な違いがどのように表れるのかはともかく、椿にとって親しみがあるのが『器がある秀星』であることは変わりない。
ただ、椿に抱き着かれても起きないところを考えると、相当深い眠りについているようだ。
それだけ、ユイカミが抜いていた『記憶』と『力』は大きなもので、解釈し、それらを自分のものにするのには、秀星といえど、それ相応に時間がかかるのだろう。
二年半前。秀星が異世界から帰ってきたとき……彼は、何を見たのだろうか。
とはいえ、そこに宿るのは、『別に大したことのない、二人の約束』であり、気にしても拍子抜けするようなモノになるのは、風香たちにとっては変わりないこと。
「うへへ~♪決戦は明日ですね。栞と刹那の未来組全員をちゃんと呼んで、二人を応援しますよ!」
……。
椿ちゃん。日本の本州に星乃を置いてきてるの忘れてる……まあいいか。




