第千二百九十九話
「おーい。ユイカミ……あれ?どこに行った?」
マクロードとユイカミが使っていた宿。
マクロードは魔法でどうにか筋肉痛を治し終わり、とりあえず食用の魚の礼でもするか。とロビーに来たのだが、姿はなかった。
「最近はほぼロビーにいたのに……」
それは逆に宿側にとって迷惑そうな感じが……。
だってユイカミって、白髪に黒いメッシュが入っていることを除けば、秀星に完全にそっくりなのだ。
坂神島の情報収集力は高く、『機械的な監視が甘い反面、人力の監視力が高い』という、今彼らが使っている場所の特性を考えれば、宿のスタッフだって、ユイカミが秀星と無関係でないことは想定できる。
そして、その『秀星』の方は幽月から絶大な優遇処置がとられているのだ。
これで頭を抱えないのなら人間じゃない。
「……いや、宿の周囲からも気配が消えている。本体のところに戻ったのか」
実際のところ、マクロードとしては、『秀星』と戦う意味はあっても、『ユイカミ』と戦う意味はない。
戦闘力に関して言っても、ユイカミよりも秀星の方が高く、何より、『約束』に反する。
そして、『約束』への暗躍も大詰めのユイカミにとって、他のどこかに寄る意味は特にない。
本体のところに帰ったと考えるのは自然だろう。
「……フフッ、今の秀星は、本気の全力で私と戦うことに疑問の余地がありすぎる状態。決戦が明日に確定した今。最後の準備をさせるには、今が一番か……」
どうしても『本気度』が異なってくる。
どちらにとっても拍子抜けになるような戦いは、マクロードも、ユイカミもしたくない。
「……はぁ、幽月も、面倒なことをしたものだ。流石『彼』の師匠……頼り甲斐はあるんだがねぇ」
自分の部屋に戻ってきたマクロードは、酒をグラスに注いで、一気にのどに流し込む。
「……ふぅ」
窓から外を見る。
まだ日は高く、空は明るい。
「雲一つない青空だねぇ。これが明日だったら、まだ風情もあったんだが……うーん、一度もユイカミと秀星は出会ってないはずだし、急展開というか、唐突というか……まあ、だからこそ、この世界は飽きないんだけどねぇ」
フフッと笑って、マクロードは満足そうな笑みを浮かべた。
……これまで、秀星の実力を知りながらも、『楽しそう』に、その日を待ちわびるものはいなかった。
戦闘力の差は圧倒的であり、どうやっても勝てない。というかのような、そんな『差』があると強制させるだけの実力があるからだ。
しかし、マクロードは、事実として『楽しみ』にしている。
……秘策があったとしてもなかったとしても、酔狂なものだ。




