第千二百九十七話
「……はぁ」
「あまりため息ばかり漏らしていると幸せが逃げますよ」
「……セフィアに言われてもなぁ」
ホテルの屋上。
かなりの高さがあるそこから坂神島を見下ろしながら、秀星はセフィアと話していた。
「重要度……か。二年半前、異世界から帰ってきた俺は、器にいろいろ抜かれたなぁ」
「……」
「人間の記憶なんて、頭の中できちんと整理されてるわけじゃないってのに、ご丁寧に抜き取ったもんだよ」
グリモアに行って、自分の元の名前が『朝森秀星』ではなく『唯一神秀星』であるということを認識した時から、相当『抜かれた』ことは認識している。
ただ、秀星が持つ戦闘力において、大切な部分に関してはそこまで抜かれている自覚はなかったため、『器』の方が時期に解決させる問題であるとして、後回しにしてきた。
現在においても、別にツケが回ってきたという感じはしない。
「決戦は明日に固定されたか……セフィアはどう思う?」
「どう思うとは?」
「いや、そういう選択を取った幽月に対して何を思うかって話」
「贔屓も忖度もなく言えば、『当然のこと』かと」
断言する……という様子でもなく、ただ純粋に思ったことを述べるセフィア。
「当然のこと。か」
「はい」
セフィアからすれば、当然のこと。
……まだ、神器を十個持っていなかった頃の唯一神秀星と、『大魔王』を名乗るには格が足りなかったマクロード・シャングリラが、伏原幽月から剣を習ったことがある『ある男』の前で交わした【約束】を考えれば。
至極当然であると、セフィアは考える。
そしておそらくそれは、『秀星の二人目の師匠』である剣術神祖ミーシェに聞いたとしても、同じ返答が返ってくるだろう。
いや、ミーシェに関しては、ボーっとしすぎていて妖しい部分はあるが、ミーシェが『あの男』のことを忘れるとは思えないので、結論は変わらないか。
セフィアから見て、特にそのあたりの意見が変わるということは、まずない。
「はぁ……セフィアからは、何も抜かれてないんだよな」
「はい。お望みならば、全て教えますが?」
「……」
セフィアに挑発ともとれる言い分に対して、秀星は苦笑を漏らす。
その手の言い方をされて、挑発に乗る人間と乗らない人間がいる。
もちろん、内容によるといったものだろう。
しかし……。
「全く思わないんだよなぁ。聞いたら面白くないとか、『それ以前』の感覚なんだが」
「そうでしょうね。私もそう返答すると思っていました」
自分の魂くらい、自分の思考くらい、文字通り『好き勝手出来る』のが秀星だ。
そして、過去の自分が仕込んだ『何か』……それを、今の秀星は弄ることができない。
「うーん……明日になれば全部わかることか」
散々後回しにしてきたことだ。
それが少し延びるだけ。
ただ、それだけの話だ。




