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第千二百九十六話

「幽月さん。面倒なことをしたわね」

「~♪」

「ハハハッ、やっぱり、秀星君とマクロードの二人がいるのは嫌がったのかな?」


 布明(ふあき)と栞と刹那の三人は、地下をふらふら歩きまわっていた。

 ただ、布明自身は情報収集力、栞と刹那は『未来を知っている』ゆえに、既に闘技場がどのような状態になっているのかがわかっているのだろう。


 ……椿も未来人のはずだが、いつ何も口から漏らすかわからない椿に対して、重要な説明を行わないのは普通のことだ。彼女が闘技場の『仕込み』について知らなかったとしても、別に不自然な部分はない。

 教えられていたとしても忘れている可能性が高いというのが、最も大きな可能性であるというのも否定はできないが。それはそれ。


「というより……今の秀星さんの状態を嫌がったという方が大きいと思うわよ」

「秀星の状態?……ああ、あーなるほど。確かに、『器がない強者』がいるっていうのは嫌がるだろうね。いざって時に抑え込めないから」


 布明は何かに納得した様子。


 幽月が使う『闘魂戦術』は、他の魂の属性を、自分の魂によって塗りつぶすというシステムである。


 ただ、今の秀星には、『魂のエネルギー』はあっても、『ほぼ魂』と言える『器』がない。


 こと『魂』という領域において、幽月は圧倒的な存在ではあり、『優先度』というものを確保できるが、それがない相手に対してはどうしようもない。


 秀星の中に残されたエネルギーに干渉することはできるものの、別に秀星は魂のエネルギー抜きで考えても圧倒的な強者である。

 エネルギーそのものは『作り出したもの』ではあるが、エネルギーが魂へと逆流するような代物でもないので、エネルギーを抑え込めたとしても、秀星に対しては何の影響もない。


 結論を言えば、最大出力に近い状態の『相性』において、幽月は秀星に優先度を確保できないことを嫌がっているのだ。


 ……何かわかりにくいな。


 大雑把に言えば、幽月が強いのは『魂』に対してのみ。秀星には『ほぼ魂』の『器』がない上にめちゃくちゃ強いから、何かあった時のことを考えると都合が悪い。ということだ。


「……で、そもそも秀星が、自分から器を引っこ抜いた原因に、マクロードがかかわっている可能性は非常に高い。だからこそ、ちゃんと『仕上げてくるであろうマクロード』との戦いにおいて、器を秀星に戻す可能性が高い」

「マクロードをどうにかできるのであれば、器……『ユイカミ』の方も、これ以上の暗躍は必要ないわ。決戦のどこかで、器が戻るでしょうね」

「~♪」

「そうなれば、秀星に『器』が宿り、優先度を確保できるようになる。まあ、『闘魂戦術』というものの『異質さ』っていうのがかかわっては来るけど……まあそれは、後々全貌が見えることか」


 器であるユイカミは、現在暗躍中。

 ただ、決戦によって決着がつけば、これ以上の暗躍は必要ない。

 そうなれば、秀星の中に戻るはず。


 要するに……その『戻らせるタイミング』を早めるために、幽月は弄ったのだ。


「布明さんはどう思う?」

「ん?……さあ、僕はそのあたりの事情には関わらないことにしてるんだよ。それに……そもそも、僕は秀星君とマクロードが何で戦う必要があるのか、それすら知らないし」


 布明はそう言いながら肩をすくめる。

 確かに、何故戦うのかすらわからない喧嘩など、深く考えても仕方がない。


「……」


 栞はそんな布明を見て、この瞬間だけは、『何も語らないこと』が最善と判断したようだ。


「~♪」


 刹那もそれは同様……なのだろうか。そういうことにしておこう。


「……その様子だと知ってそうだねぇ。まあ、僕は興味ないし、別にいいよ。どうせくだらない理由なんだろうし」


 秀星も、マクロードも、どうしようもないほどの強者であることは間違いない。


 そんな連中が争う理由など、一般的な視点に立てば理解できないモノであることは珍しくない。


 未だに緊張感の宿らない世界を見れば、自ずと、『世界にとって、今回の戦いがどれほどのものなのか』というのは分かる話だ。


 だからこそ、布明は興味がない。

 むしろ……


(椿の行く末の方が気になるかな。個人的に)

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