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第千二百九十五話

「……そういえば、幽月さんって、この島のトップですよね」

「権力者という意味では確かにトップだな」

「でも、闘技場に入ってても、誰も話しかけてこなかったような気がします」

「そうだな」

「……あんまり人気がないんですかね?」

「苦しいことを言わないでくれ……」


 闘技場から出てきた椿と幽月。


 ただ椿としては、その間、『あれって幽月さん!?』と一度もならなかったのが疑問だったようだ。


「……あまり、権力者としてはメディア露出してないからなぁ」

「むー。それでも何とかなるんですね」

「まあ、わかりやすく、私が目立たない理由もあるんだがな」

「そうですか?」

「死んだ魚の目をしたスーツ姿の青年と、エロいドレスを身にまとった美女。どっちの方が目立つと思う?」

「あはははははっ!」


 幽月と時雨を比べて、『どちらが見栄えするか』という比較をしてしまった椿。


 幽月だって、体格と顔の素材は悪くない。むしろいい方だ。


 だが、『生きぞこない』ともいえる本人の性質によって、目には生気が宿っていない。


 加えて、頼り甲斐はあるが覇気はあまりないという矛盾したものであり、属性と言っても黒髪黒目の中肉中背なのだ。


 それと比べれば、時雨はエロい。

 肩と背中がほぼ完全に露出した黒いドレスを身にまとっていて、Gカップという胸部装甲の魅力は圧倒的。

 スリットが凄くて蠱惑的な足を見せつけてくることも多く、老若男女問わず大人気である。


 端正な美貌だが、余裕という概念の権化のような存在なので、柔らかい表情をするのも得意で敷居も低く感じやすく、権力者という属性があれど、幽月よりも断然『近しい存在』と感じられる。


 この二人が並べば、幽月なんて背景だろう。


 そして誰も、背景なんて覚えてない。

 それだけのことなのだ!


「……笑いすぎだぞ」

「むふふっ!こんな面白い話はなかなかないですからね!」


 ひどい。


「そういえば、この島って、動物を見かけませんね」

「話めっちゃ変わったな……まあ確かに、みかけないな」

「ペットショップもなかったですね」

「あまり飼わない文化だからなぁ……椿の周りにいたかな」

「知ってる範囲で二人ですね」

「ほう?」

「来夏さんのチームメイトに美咲さんという人がいるんですが、ポチという名前の虎がいます」

「……」


 何故?と思った様子の幽月だが、まあ、来夏本体よりは普通に常識的だ。


「もう一人は?」

「ラターグさんですね」

「あの堕落神か。ペットなんていたかな」

「猫が二匹ですよ。ラターグさんは『あーちゃん』と『もーちゃん』って呼んでます」

「名前は本来はもっと長いのか?」

「『アトゴフン・ネカセーテ』と『モーチョット・ネカセーテ』みたいですね」


 変な一族が誕生している。

 ラターグのネーミングセンスもちょっとネジが外れているようだ。


「椿はペットは飼わないのか?」

「むう……」


 唸る椿だが、彼女の場合は野良犬が相手だろうと自分のペット的な扱いはかわらない。

 『犬がいるですうううっ!』とか言って突撃するのが目に見えている。


「カブトムシを飼ってた時期がありましたね」

「ほう」

「『虫かご』ごと飛びあがって倒れてくる富士山を受け止めたりしてました」

「未来で何があったんだ?」


 塔のような建造物ならわかるのだが、山が『倒れる』ってどういう表現?


「むー……忘れました!」


 そこまで衝撃的なことなのにあまり覚えていないとは、これが椿クオリティ。


「……そうか」


 幽月は疲れてきたようだ。


「おっ!おでんの屋台ですうううっ!」


 突撃する椿。


「……はぁ。もういいや」


 何を考えようとしていたのかということを思い出すことすら面倒になったような、そんな雰囲気を醸し出しつつ、幽月は椿についていくことにした。

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