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第千二百九十四話

「おお!おおおおっ!めちゃくちゃ広いです!」


 椿と幽月が訪れたのは、とある闘技場だ。


 円形のフィールドの用意された頑丈な空間であり、今も二人の人間が戦っている。


 どちらも剣士タイプのようで、様々なフェイクを混ぜつつ、様々な搦め手で攻めているのは、見る人が見れば、高度なディベートにも見えるだろう。


 お互いにセオリーを崩さず、それでいて自分たちが積み上げてきた戦術に対しひたむきな姿勢で取り組んできた姿。

 それは秀星や幽月のような、『論文の提出は他所でやれ』と言わんばかりの整合性のない戦いとは違い、鮮やかさすら感じさせる。


 魔法を織り交ぜた剣術は魔力の粒子を空中に残し、それらが『軌跡』となるからこそ、観客が素人であっても視覚的にわかりやすく、エンタメ性も高い。


「むうう。なんだかすごい戦いになってますね」


 戦いというのはエンターテインメントにつながる。

 そして、双方が振っている剣は時々体にあたるが、体の傍にある薄い膜のようなものが弾けるにとどまり、体は傷つかない設計だ。


 しかも、その『膜』なのだが、どこか幽月や秀星がつかった『魂のエネルギー』に近いものがある。


「……む?」


 通常であれば気が付かないようなモノ。

 観客たちもその『膜』に見慣れているのか、特に意識している様子はない。


 だが、視点が誰とも異なる椿は、それに気がついた。


「……エンタメ用のあの装甲魔法。もしかして幽月さんの技術ですか?」

「ああ。その通りだ」


 特に隠すようなことでもないのか、幽月は頷く。


「むっ。幽月さんの『無尽蔵』ともいえるエネルギー。やっぱりすごいですね」

「なるほど、本人のエネルギーではなく、私のエネルギーだと気が付くわけか」


 剣を振って戦う二人から弾ける膜の色は別である。


 剣士たちはそれぞれ自分たちを象徴しているであろう属性魔法を織り交ぜて戦っており、弾ける膜もそれに該当する色をしている。


 それを見て、『どちらも元は幽月のエネルギー』という感想を抱く者は少ないだろう。


「……むー」

「……?」


 椿が何か、頭の中でグルグルしているようだ。


「……お父さんとマクラさんが戦うのは、この闘技場ということですか?」

「そうだ。この闘技場が、最も頑丈で、なおかつ、戦いの『質』において、あの二人に耐えられる唯一のモノになる」

「むー……」


 何か、納得できていない部分があるのだろうか。


 唸る椿。


「……わかりました。ちょっと、私の予想と『ズレ』がありますけど、良いということにします」

「そうか」

「ただ、あれですね……」

「ん?」


 うーんうーんと唸りながら、椿は幽月を見る。

 そんな椿に対して、幽月は言葉を漏らす。


「難しい話ではないよ。椿。確定しているのは、あまり私が、面倒なものを手元に置いておくタイプではないということだ」

「そうですか……幽月さんって、面倒なことが好きだと思ってたんですけどね」

「フフッ……そうだろうね」

「正直驚きました。この闘技場、かなり弄りましたね。お父さんとマクラさんが戦うべき日を、『明日の正午』に確定させてます」


 闘技場を選ぶとして、この場所しかないことは、いろいろな『計算の結果』だろう。


 ただ、『場所代』とでもいうのだろうか。そういう部分が、どこか幽月に取られているような気がしなくもない。


「……知りませんよ。全知神レルクスさんが怒りませんか?これ」

「さあ?」


 死んだ魚のような、生気の宿らない幽月の瞳。


 『怒る』という言葉を、椿はどのように使っているのだろうか。


 そしてそれを、幽月はどのように解釈しているのだろうか。


 というか、本心から全知神レルクスが怒るとなれば、止めに来るのが普通だ。

 今の闘技場の状態も、幽月と椿の様子だって分かっているはず。


 言葉通りではあるのかもしれない。ただ、『本人たちしか知りえない概念』を介したものであることは紛れもない事実。


 いずれにせよ、彼らが『決戦』と呼ぶそれは、明日の正午。


 それはきっと、秀星やマクロードたち当人であっても、免れることはできない。

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