第千二百九十二話
「グッ……ギッ……オオオォォォォォ……」
とある宿にて。
マクロードはロビーのソファで悶絶していた。
昨日、散々泳ぎまくったアレが、筋肉痛となって全身に襲い掛かっているのである。
「気色悪い声を出すな」
外で釣ってきた魚を捌きつつ、ユイカミは冷たい目を向ける。
「ユイカミ。そうは言うがね。全身筋肉痛というのはどうしようもないぞ!」
「知るか」
「ていうかなんで君は平気なんだ!?」
「魔法で痛覚を遮断してる」
「羨ましすぎる!私にも教えてくれ!」
「やなこった」
「なぜ!?」
「なんとなくだ」
「君、本体以上に図々しくないかな!?」
「当り前だろ。異世界で生き残ってきた図々しさを『器』として引っこ抜いたから、ここまで裏でいろいろできてるんだ。残りカスみたいな本体とは違う」
「自分のことをここまでディスれるとはさすがだね……」
ユイカミと秀星の比較をすれば、戦闘力は秀星が上、重要度はユイカミが上。といったところか。
いろいろ秘密を握っているのか、彼しか知らないことも多々あるのだろう。
「……さて、そろそろ私は行動を始めた方が良いかな」
「どうした急に」
「闘魂戦術に触れた秀星が何を考え始めるのか。それを考えるとね……」
現在の秀星は、器が抜けているため、魂のエネルギーの補充ができない。
単純にエネルギーを求めるのなら他人から貰えばいいのかもしれない。だが、それを秀星がしていないということは、単純に魂に関連する能力はともかく、『闘魂戦術』には自分の魂のエネルギーを必要とするのだろう。
しかし、今までは闘魂戦術という概念すら認識していなかった。
まあ、無意識に使っていた可能性は否定できないが、焦燥感を感じないので、使っていたとしても微々たる量だろう。
意識的に知っているのと知らないのとでは大きく意味が異なる。
これから秀星がどんな戦闘手段を開発するのか、マクロードにもよくわからない。
「それに……君だって、いつまでもそのままというわけにはいかないだろう」
マクロードはユイカミを見てニヤリと笑う。
それに対するユイカミの反応は、溜息をつく。というだけにとどまった。
ただ、『ほぼ同質の人間が二人いる』という現状。これを全知神レルクスがどのように解釈しているのかによって、ユイカミの最終的な目標は変わる。
マクロードには、全知神レルクスが求めるルートは分からない。
だが、ユイカミとしては、『騙し騙しで伸ばせる範囲』はあれど、無制限とはいかないはず。というのはマクロードでも予想できる話だ。
「制限時間……か。確かに、そう遠くもないな」
はぁ、と溜息を吐くユイカミ。
「とりあえず、栞と刹那がなんかコソコソやってるみたいだからな。とりあえず調べておくか」
「なんでそんなことが分かるんだい?」
「彼女たちが隠れて行動すれば、本来なら足取りを追うのも一苦労だろう。ただ、彼女たちが使ったドッペルゲンガー発生装置の副作用で、何か、彼女たちの『魂の本質』が漏れている」
「はっ?……ということは、いずれいなくなるということかい?」
「そういうことだ。椿たちが存在を保てるリミットはそこにある」
「へぇ……ん?椿って時々、足取りを追えない時があるみたいだけど、彼女もドッペルゲンガーだよね。漏れてないの?」
「いや、椿に関しては……誰かが回収している可能性が高いな」
「ほう……」
まあ雑に言えば、『自分たち以外にも、何かを企んでいる存在がいる』という話だ。
「全知神レルクスのお気に入り……その魂の欠片を回収して、何をするつもりなんだろうね」
「さあ?ただ、今は『関係のないこと』だ」
魚を捌き終わったユイカミは、半分をロビーにおいて残りを持って部屋に帰っていった。




