第千二百九十一話
「……」
刀を振り下ろす。
刀を纏っていた風は、飛ぶ刃になる。
刃は、遠くにある的を破壊する。
もう一度振る。斬撃は飛ぶ。的を破壊する。
……そして、刀を鞘に納めた。
「全然できない」
風香はイライラ混じりにそんなことを言った。
「うーん。確かに、影も形もないっていうのが正直なところね」
時雨は近くの椅子に座って、風香の斬撃を見ていた。
「闘魂戦術……周囲にあるものを自分の魂で塗りつぶすっていうけど、なんだか聞いてもよくわからない。こうして振ってみてもできるってわけじゃないし」
「そうねぇ。それで出来たら私もできてるわ」
ホテルの地下で行った模擬戦で幽月が見せた戦闘術である『闘魂戦術』
自分の内側にある『魂』から生成されたエネルギーを使い、他の物体の魂に関係する何かを塗りつぶすということらしいが……風香としては、『魂』と幽月が呼ぶものが一体何なのかがわからないゆえに、どんな視点でやればいいのかわからない。
そして、時雨もできていないというらしいが、風香の何倍も生きている彼女もできない。そして、一度見た秀星が容易くやっていたということは、視点が違うのだろう。
もちろん、秀星にとっても簡単であっても風香にとっては意味不明なことは多々あるのだが……。
「フフッ、そこまで手を出そうとしてるってことは、闘魂戦術が『簡単そうに見えた』のかしら?」
「私の中で、何か、一つだけ違うものがあるって思って、その……『鍵』みたいなものかな。それを見つければ何とかできそうなんだけど、それが全く見えない」
まあ、『魂』という、ありとあらゆる理屈では観測も計測もできない概念だ。
理屈の通った説明書もなければ、直観に反することも多いだろう。
大雑把に全体像を見て『何となくできそう』と思うのは人にとってよくあることだが、それは幽月が長年使っており、秀星は『真理』に近い故に、それぞれ『完成度が高い』からだ。
無駄がなく、一切もたつくことなく、『スッとやる』とでも言えばいいのだろうか。
そういう領域に立っている『技』というのは、見れば簡単そうだがやってみるとできない。
今の風香は、その『やってみるとできない』……厳密には『やってみてもわからない』になるだろうか。そういう状態に陥っている。
「フフッ、意外と、椿ちゃんの方ができるかもしれないわね」
「……なんかそんな気がする」
椿の方ができるか、出来ないか。
闘魂戦術について何もわかっていない風香だが、何となくその言葉には同意する。
確かにそうだ。椿ならできそう。きっと見てもマネできないけど!
……ダメじゃん。




