第千二百八十七話
「……はぁ、結局、ギャグ補正が強い……か。やってられんな」
「確かにねぇ。闘魂戦術すらも真正面から粉砕してくるとは思ってなかったなぁ」
「あのまま、高志や来夏と戦っていたらヤバかったかもしれないわね」
秀星たちが泊まるホテルとは別の建物。
その最上階で、幽月、布明、時雨の三人は話していた。
幽月と時雨は書類をまとめて、布明はタブレットで何か弄っている様子。
「秀星たちは……椿を挟んで寝てるか」
「みたいね。大きなベッドを並べて、全員で寝転がってるわ」
椿は家だと刹那を抱き枕にしたり、秀星と風香に挟み込まれていたりと、誰かと一緒に寝るのが基本である。
当然、人数が多くなれば全員で同じ寝室に入りたがる性格であり、それに対して全員が反対しないのが椿の凄いところ。
結局、みんなと一緒にスヤスヤ寝ている。
「ははは、スヤスヤ寝ている別の建物で、仕事か……」
「まあ、やることは多いから仕方がない。ただ、とりあえず済ませるべき書類は、思ったより多そうだからな」
頭の中で彼だけにしかないデータに引っかかるのか、そんなことを呟く幽月。
「……はぁ、強い、弱いの判断だけをするなら、幽月よりも秀星の方が上でしょうね。ただ、模擬戦という、真面目ではあっても本気ではない戦いの場合、滅茶苦茶にできるから、どうしようもないわ」
「だよねー」
「ああ。闘魂戦術を再現するところまではまだ想定内だったが、それをバールで一刀両断とは思わなかった」
「ギャグ補正って言葉で片づけていいのかしら、滅茶苦茶の権化よ。あれ」
できてしまったのだから仕方がないさ。
「……まあそれ以上に、思う所もあるが」
「え?」
「秀星の剣術を見ていると、ある男を思い出す」
「ある男?」
「ああ、相当昔の話だが……闘魂戦術を教えたことがある。そいつの剣の振り方に、秀星はとてもよく似ている」
「へぇ……」
闘魂戦術そのものを教えていることに疑問はない。
ただ、時期が合わない。
外見以上の年月を過ごしている幽月たちにとっての『相当昔』というのは、本当に昔の話だ。
「器に持ってかれてるね」
「そういうことだろうな」
幽月は書類をまとめると、そのまま机の隅に寄せて椅子にもたれかかる。
(さてと……秀星が異世界から帰ってくる前。グリモアという世界の……『主人公』は誰だったのやら)
彼にしかわからない情報と、それに付随する様々な要素。
それに合わせた結果浮かび上がるキーワードと、彼なりの予測。
朝森秀星……いや、どちらかと言うと『ユイカミ』の方か。
何を考えているのか、そこがある意味で、一番の肝だろう。
なかなか……面倒な話だ。




