第千二百八十三話
ホテルというのは宿泊施設である。
会議室だったりレクリエーションのための部屋があったりと多種多様だが、基本的にホテルは泊まるところである。
「おおっ!なんだか学校の体育館くらい広いですね!」
さて、なんでホテルの地下にそんなものが用意されているのだろうか。
「……なあ幽月。なんでこんな空間があるんだ?」
「場所が余ったからだ」
「雑すぎだろ」
「この島は特殊コンクリの人工島だけど、厚さが五百メートルくらいあるからね。これくらいの空間は用意できるんだよ」
「そんなにデカかったっけ?」
「そうじゃなかったらここまで広くできんからな」
坂神島は巨大である。
本当に、何をどうすればここまで大きくできるのか。という以前に、どうしてそういう発想になったのかよくわからないが、巨大である。
しかも、途中で継ぎ足したのではなく、デカいのは最初からだ。
「……君たちから私がどう見えているのかはともかく、私にも暴走していた時代はあるということだ」
「暴走した時代にこんなデカい建造物をねぇ……」
溜息をつく秀星だが、秀星だってできないわけではないし、彼だって暴走すれば多分こうなるので、それ以上の呆れは顔には出さないようにしたようだ。
「むふふー!ここからたくさん動けますからね!」
椿は運動着と木刀を構えてスタンバイである。
椿はこのホテルに泊まったことはないようだが、おそらく似たような空間が坂神島のありとあらゆる場所に存在するのだろう。
「フフッ、椿ちゃん。私と模擬戦してみる?」
時雨が槍を構えつつ言った。
完全に木製で作られており、これで攻撃した場合、傷が残らないようになる付与魔法がかけられている。
なお、椿が持っている木刀にも同じ付与魔法がかけられており、基本的に『模擬戦』はそんな感じらしい。
「むふふ!やりますよ!」
運動着姿でも椿は元気である。
……で、時雨だが、相変わらずのドレス姿である。
肩と背中が大きく露出している扇情的な格好だが、果たしてその実力はどうなのだろうか。
ちなみに、前提の話をすれば、全員の雰囲気や立ち姿の隙など、様々な部分を考慮すると、椿が最弱であることは確定している。
まあ関係ないけど。
「さて、いきますよ!」
椿は木刀を構えて、時雨に向かって突撃!
時雨は槍を構えて、次々と繰り出される斬撃を受け止めていく。
……穂先で『ほっほっ』と遊ぶように。
「うにゃあああ!全然当たらないですううう!」
まあ、当たるとか当てないとかそれ以前に、『遊ばれないようにする』ということを考えなければならない。
そうしないと何も話にならないが……正直、『そりゃそうなる』と椿以外の全員が考えていたことだ。
「むうう!『儀典神風刃・螺旋乱世』!」
先端がうずまき状になった風の槍がいくつも出現して、時雨に向かう。
「儀典……ねぇ、なるほど、それ相応に全力というわけね。でも……」
時雨が穂先の魔力を纏わせて、真横に一閃。
それだけで、椿が放った風の槍がすべて砕け散る。
「うげっ!未来でもこっちでも全然効きませんね」
「正直、二十年かそこらでは大して変わらないくらいの強さは持ってるわ。もっと全力でかかってきなさい」
「むうう!……なら、これです!」
椿の周囲に八つの門が出現し、即座に門が砕け散る。
開いた穴からは、膨大な風が吹き荒れて、椿の木刀に集約された。
「ほう……」
「行きます。『儀典神風刃・絶技・八王天命』!」
まだ『先』があるとはいえ、神風刃そのものは、未来の秀星が椿専用に旋風刃をアレンジして開発した技であり、完成度は高い。
そして、そんな技の中でも、『絶技』
弱いはずはない。
弱いはずはないが……。
「まだ、椿ちゃんがやると軽いわね」
時雨が穂先に風を発生させると、振り下ろされた椿の風の刃にぶつける。
それだけで、椿の八王天命は、砕け散った。
「お……おおおお……」
どうにも言葉にならない椿。
精神的な意味で言えば、そもそも真剣ではなく木刀を使っているゆえに本気からは程遠い。
だが、手段的な意味で言えば、『絶技』ともなれば全力と言える。
しかしそれは、時雨には通用しなかった。
「やっぱり時雨さん。めちゃくちゃ強いですううううっ!」
悔しいという感情は見えない。
ただ、時雨は凄いのだということを認識する椿。
「……はぁ、次はこっちから攻めるわよ?」
「む?」
……時雨は当然とばかりに、本気も全力も出さない。
ただ、ポコポコと椿は頭を叩かれました。




