第千二百八十一話
「うー!うー!」
沙耶が興奮している。
現在、次々と並べられる洋菓子とフルーツをモリモリむしゃむしゃと食べまくっていた。
「……なあ、あの子、本当に見た目通りの年齢だよな」
「うーしか言わないし、多分そうだと思うけど……」
椿たちが来たホテルの地下。
そこに存在する食材保管庫の隣の試食室で、沙耶は一人で来ているのである。
なお、来夏からは『甘い物なら何でも食べると思うから、まあ次々作ってやってくれ』ということなので、本当に次々と作っているわけだが……明らかに沙耶の体積を超えるレベルの食材が消費されている。
「……なんだろう。本当においしそうに食べてるけど、ここまでくると不気味ね」
「確かに」
調理スピードが間に合うかどうかとなれば、その心配はない。
『料理魔法』という新しい……のかどうかはわからないが、とにかくそういう魔法を使って調理スピードを上げているのだ。
その結果、十秒もたたずに巨大なパフェが完成して一秒で沙耶の腹に収まるという状態になっている。
焼け石に水という言葉が思い浮かぶ光景だが、いつものことだ。
「……ちょっと、メロンを切らずにおいてみるか?」
「料理人としてどうなんだそれ」
「まあ、ちょっと試してみようか」
というわけで、ホールスタッフの格好をした女性が、メロンを丸ごと沙耶の前にそっと置いた。
「うー」
沙耶はそれを見ると、数秒後、口をもごもごさせ始めた。
「え?」
もうそのメロンには目もくれず、巨大なプリンを吸い始める。
疑問に思いつつも、そのメロンを手に取る女性。
「あ、軽っ……」
「は?」
女性の反応が理解できない料理人たち。
試しに女性が厨房に持って帰ってきたメロンを切ると、中身がなくなっていた。
「……どうやって食ったんだ?」
「いや、物理的におかしいだろ」
「そもそも口の中だけじゃ体積足りないぞ……本当にどうやって食べたんだ?」
ちなみに、喋りまくっているが彼らは作り続けています。
部屋の奥にあるコンピュータが凄い勢いで請求金額を合計し続けているが、それはそれとして、どうやって食べたのかの議論になった。
「切らずに中身を食べる……なんか手品染みた行動だな」
「いや、明らかに空間を超越してたぞ。それって手品か?」
「俺に聞いても結論は出ねえよ」
「んなことわかっとるわ」
「うーん。食べるって概念でも操ってんのか?」
「それなら魔法的な痕跡があるはずなんだけど、一切感じられないんだが?」
まあ、全員の頭に『ギャグ補正』という言葉が思い浮かんでいるわけだが、それだけでここまで食い荒らされたら、どうしようもないモヤモヤのぶつけ先がなくなるから困るという話だ。
「てか、このままのペースで食材の量って大丈夫なのか?」
「話題変えすぎだろ」
「しゃーねえだろ。このまま不毛なことばっかり話してられるか」
「それもそうだな……」
「確かに在庫大丈夫なのか?まあ、さすがにこっちが無理って判断したらそりゃもう無理なんだが……」
「なんか負けた気がするのが嫌だな」
「ま、有事の際の倉庫にすら手を付けなかったらどうにかなるだろ。だって、金は払うんだし」
「次に発注するときの業者の顔を見てみたいけどな」
「ハッハッハ!」
どんな顔をするんだろうか。
明らかに冷凍庫が空になっている状態でもなければ頼まないような量になっている可能性が非常に高い。
「あー。でも、既にパニックになってる可能性はあるぜ」
「そうか?」
「だって、沙耶ちゃんたちがこの島で食い荒らしてるのって、ここが初めてじゃねえだろ?」
「そういやそうだ」
「すでにいろんなところが食材を発注しまくってるかもな。なんか笑えてきたわ」
「めちゃくちゃ乾いた表情になってるぞ」
「自覚はあるから誰か話題変えてくれ」
全員ヤケクソになっている。
ただ、彼らが言っていることは事実である。
現在、坂神島の食糧事情は大変なことになっているのだ。
いや厳密に言えば、この場合の『大変なこと』というのは、『運搬作業』である。
この坂神島の『巨大倉庫』は、対抗できるのが秀星くらいしかいないレベルのトチ狂った構造になっている。
結論から言えば、沙耶が今回食べ荒らしている程度のことでビクともしない。
……ビクともしないのだが、あくまでも食料の在庫の『最大値』と比較しての話であり、物というのは使うためには運ぶ必要があるわけで。
運搬に使う特殊な機械を急遽動かす必要があるため、運搬業者は悲鳴を上げているのだ。
ぶっちゃけ人が足りてません!
「……果物って、鮮度を保つために、特殊な保管庫に入れてるって話だよな」
「ああ。運搬が強烈に面倒って業者から聞いたことがある」
「……嫌がられるだろうな」
「だろうな。ハハハ……」
まあ、仕方がない。
沙耶たちにはきっちり請求もしている『注文』に対して必要な作業なのだ。運搬業者は頑張ってくれ。




