第千二百八十話
「あれ、布明さんいたんですか!?」
「君がこのフロアから見下ろしたときから一緒にいたけどね」
今回の発作はすぐに収まった。
要するに、椿とコミュニケーションが取れるということである。
「ふむむぅ……全く気が付かなかったです!」
「だと思いました」
この島の統治者である幽月と、この島のナンバーツーである時雨と知り合いとなれば、ナンバースリーである布明と知り合いであることは当然の範疇だろう。
ホテルの最上階から見下ろしたときに全く気が付かなかったということは、栞や刹那しか目に入っていなかったということだ。
(発作の時は唸っているばかりだけど、もしかしたら誰かを呼ぶことくらいはできるのかしら?)
時雨としても椿の生態はわからない。
まあ、わからなくても問題にならないというのが最大の問題だが。
「しかし、やっぱり案内されたのはこの部屋なんだね」
「そういえば、未来でもここに泊まったことはなかったですね」
「この部屋は、他の島から来た要人を招く場所なんだよ。その中でも最高ランクだ。まさか、ここまで優遇するとはねぇ……」
「確かに、未来でも世界一位の男だし、それを考えれば納得はできるけど……」
「~♪」
部屋のランクは相当なもの。
ただ、朝森秀星という男とその家族(未来)を泊まらせると考えれば、優遇するに値するということなのだろう。
「ん?」
布明が何かの気配を感じて振り返る。
ビキッ!
「え?」
空間が割れてました。
「おお、これは!」
椿は納得した様子で笑顔になった。
栞は頭痛が痛いとばかりに右手で頭を押さえ、刹那は特に表情を変えないという、なんだか彼らに対する扱い方の差が見え隠れする反応になっている。
そして、ビキビキと空間のヒビがどんどん広がっていき……。
「おっ!椿じゃねえか!やっと会えたな!」
「やっぱりおじいちゃんですうううっ!」
椿が再び興奮している。
「おお!なんかすげえ部屋に来たな!」
「うー!」
「……来夏さん。やっぱり一緒だったのね」
「~♪」
来夏と沙耶も入ってきた。
……それに対して、『どうすればいいんだこれ』といいたそうな表情になる栞。
気持ちは分かるが、仕方がない。受け入れなさい。
「……胃に穴が開くのかと思ったわ」
最後に割れた空間から時雨が姿を現し、時雨が裏拳を割れた空間に叩き込むと、そのまま空間が修復されていく。
「……時雨さん。一体いつそんな特技を身に着けたの?」
「私はギャグ補正はないけど、周りをヤケクソにさせる要因ではあるから、やってみたらなんか出来たわ」
「この世の終わりみたいな理論だなぁ……」
まあ仕方がない。常識と社会的通念と論理的整合性に囚われていると、マジで胃に穴が開いてしまう。
「ボケ役が増えたわね。というわけで、あなたたちに頑張ってもらうわよ」
鬼気迫るといった様子で布明と栞を見る時雨。
高志、来夏、沙耶、椿の四人はギャグ要員であり、刹那はちょっとツッコミ役には期待できない。
消去法で栞と布明である。
「……私はイヤよ」
「僕も勘弁してほしいなぁ」
栞としては、椿一人ならともかく、満漢全席はマジでごめんだ。
……いや、満漢全席ならまだいい。数日で食べきれるから。こいつらはずっとだぞ!
で、布明としても、空間を割って乗り込んできたということと、高志の手にあるバールからすべてを察したのか、ツッコミ役に就任するのは止めた方が良いという判断になったらしい。誰だってそうする。
「そういや、このホテルって甘い物を大量に置いてないか?沙耶がそろそろ我慢できなくなってるんだが」
「我慢できないとどうなるんだい?」
「知らねえな!」
「……」
仮にも成人している女性の口から出たとは思えないほど無責任な言葉だが、これで特に大きな地雷を踏まずに生きてきているのだから性質がわるい。
「はぁ、多種多様な人が来るからね。高級なものじゃなくていいのなら、地下の倉庫に大量にあるよ」
「そうか!」
「だけど、きっちり請求するからね」
「安心しろ!『剣の精鋭』は大金持ちだからな!」
胸を張る来夏。
ちなみに、剣の精鋭が金持ちの理由だが、魔法省が定めた法律によって、魔戦士チームは魔石を集めて換金する必要がある。
チームのランクによって換金しなければならない量が変わるわけだが、世界一位の秀星、日本四位の来夏と日本五位の風香が所属していることで、そのランクは最高値をぶっちぎっている。
……最高値をぶっちぎるという日本語の矛盾に対するツッコミは無視させてもらうとして、この所属状況故の膨大なノルマは全て秀星が補っており、秀星は納税分以外の金銭を必要としないため、換金分のほとんどがチームマネーとしてプールされている。
朝森宅で同棲している風香も、セフィアがいることで特に金銭は必要ない。
結果的に、ノルマをこなすだけで発生する膨大な報酬のほぼすべてが剣の精鋭のチーム財産となっている。
残るメンバーも金の使い方は荒くないので、金はたまるのだ。
その、なんというのだろう。金というのは人間にとって重要なシステムだが、『人間程度が作り出せるシステム』に対して何の価値も見出さないような化け物連中が一か所に集まりすぎているので、こんな前途多難で本末転倒なことになるのではないだろうか。
……ということを、栞と布明と時雨は理解した。
「……てか、いきなり乗り込んじまったけど、フロントに行った方が良いか?」
来夏が高志に言った。
「安心しろ。これをよく見てみろ」
高志が取り出したのは、『坂神島特殊侵入、および特殊滞在許可書』である。
「これには特定の施設も含まれるんだ。権限ランクが高いホテルのVIPフロアで、誰も泊まってない場所か、俺たちの家族が泊まってる場所なら問題ねえぜ!」
「すげえな!」
「うー!」
どちらかというとそれを認めた幽月の思考回路が意味不明すぎて、頭の中に何を飼っているのかという話になりそうだが、それはそれ。
「あ、じゃあ、時雨さんは一度フロントに行かないとダメだね」
「……」
布明の言うとおりである。
時雨はこの島のナンバーツーだが、パルクールで展望台に入った時に請求されたように、別にいつでもどこでも無料で入れるというわけではない。
もちろん、今回は事情が事情なので、秀星たちが泊まっている部屋に一緒に泊まるという扱いも可能だろう。
……可能だろうが、フロントに行って登録しないと、何かあった時に困るのも事実である。
「……何かが強烈に納得いかないわ」
「僕も同じ意見だけどねぇ……」
さすがにこれで時雨を悪いとする要素はない。
ただ、布明と時雨には、まだこのギャグ補正メンバーズの扱いは難しいのだ。




