第千二百六十四話
「時雨さーん!見つけたですううううっ!」
椿は叫んだ。
基本的に一緒に行動するメンバーを時雨と定めている以上、はぐれたままでいるというのはマズい。
……本当にまずいと思っているのかは議論しても仕方がないので置いておくが、時雨を発見したら行動する。
「やっと合流できるですうううっ!」
うれしそうな様子の椿。
椿はパーソナルスペースがゼロという狂気の人間。
公衆の面前だろうが全力で抱きしめても全力で抱きしめ返してくれる時雨は大好きである。
「……あの子はあそこで何をしているのかしら」
ただ、椿が叫んだ地点は、時雨から三キロくらい離れた展望台である。
時雨は、あたりを見渡してはしゃいでいる椿を発見したわけだが、正直、何をどうすると、三十分もたっていないのに三キロも移動できるのか。
椿が何らかの交通手段を使った場合、その記録は時雨に届く。
どういうことなのだろう。
まあ、人間の歩く速度は時速四キロというし、それを考えれば三十分なら二キロだ。
元気いっぱいではしゃぎまわる椿の移動速度は常人のそれを超えると思うが、寄り道も多いのであまり参考になるともいえない。
不思議だ。
まあ、よくあることか。
で、正直なところ、三キロ離れた位置にいる人間などゴミのような大きさだが、椿は展望台に上がってあたりを見渡しまくって発見したようだ。良く見つけられたものである。
……まあその場合、見上げただけで椿を発見している時雨はどうなのかという話になるのだが、こればかりは『来夏と似たような理由』と思っていただくしかない。
「椿ちゃんからこっちに来ると長いし……仕方ないわね」
そういうと、時雨は、足を魔力で身体強化する。
そのまま、爆発音をまき散らしながら跳躍して、建物の上に飛びあがった。
そして、屋根の上を次々と走り抜けて、椿がいる展望台に近づいていく。
「ええええええ!?時雨さんパルクール凄すぎですううううっ!」
パルクールとかそういうレベルではないが、椿にとってはパルクールらしい。まあ、それを言ってしまうとこの子の父親は魔法で普通に空を飛んでるし、別にいいか(適当)。
時雨は建物を次々と飛び越えていくと、展望台の真下に来る。
そのまま、足を揃えて跳躍。
椿がいる地上百五十メートルまで到達、手すりを掴んで超えると、床に着地した。
「おおおおお!おおおおおおっ!」
椿、大興奮。
精錬された曲芸。とでもいうのだろうか。
派手なことをやっている割に鮮やか。
時雨がやると、そこに艶やかさが加わって眼福である。
自分の体がどう見られているのかを完全に理解しているゆえの『余裕』であり、もはや少年誌ギリギリのエロ本である。
ただ、椿は感性が一般とは異なるので、本当にパルクールやべえ!くらいしか考えていない。
「喜んでもらえたみたいで嬉しいわ」
「あの、時雨さん。入場料払ってください」
三十代半ばと思われる警備員の格好をした男性が呆れた様子で近づいてくる。
「あら、ごめんなさいね」
胸の谷間からカードを取り出して、男性が取り出した入力装置に差し込む。
すぐに支払われたようで、男性は軽く会釈すると去っていった。
……正直、扇情的な格好をしている時雨が胸からカードを取り出したりすると大変魅力的だが、男性職員は終始呆れた様子を崩さなかった。
まあ、人によっては慣れとかいろいろあるのだろう。
見た目以上の年齢を重ねている節があることを考えると、この手の『それ』は珍しくないようだ。
「むふふ~!やっと合流できました!」
「はぁ、すぐに目を離すとこれね。気を付けないと……」
この雰囲気と余裕だ。時雨がこれまで弄ってきた相手は多いだろう。
ただ、椿の精神の安定さもまた抜群である。
外的要因で誘導はできても、内側を作り変えることはほぼ不可能だ。
というわけで、本当に気を付ける必要があります。どこに行くかわからんので。




