第千二百五十二話
「むー。むー。このあたりにいると思うんですけど、見当たらないですね~……」
キョロキョロ見渡しつつ、饅頭をもぐもぐ食べている椿。
「……見当たらないっていうか、露店のおっちゃんに話しかけられて買いあさってるから全然探索が進んでないけどな」
「椿ちゃんにとっての優先順位の話だよねぇ……」
秀星と風香は苦虫を嚙み潰したような表情になりつつも、まあこうなるよな。という予測は何となくなったので椿には特に何も言わない様子。
第一、椿にまともな探索を依頼するとか正気ではない。
気まぐれで動く部分が多いし、なにより、椿の周囲だとみんなロリコンになるので、皆話しかけてくるし、それら全てを椿は全力で反応するのだ。
あと、坂神島はネット環境が整備されているのか、椿の存在は早くも知れ渡っているようだ。
というわけで、椿に接触しようとするものは多い。
「……これ、解決しないんじゃね?」
「そうだよねぇ」
「む~。見つからないです~……このみたらし団子、とってもおいしいですね!」
まあこの様子では無理である。
……と思ったとき、椿が何かに気が付いたかのようにガバっと振り向いた。
「む?」
椿が振り向いた先にあったのは、一つの喫茶店だ。
こじんまりとしたシンプルな外見の喫茶店であり、どうやら店の前にも木製の飲食スペースが設けられているタイプ。
そこでは、一人の女性が椅子に座って紅茶を飲んでいた。
……正直に言って、美貌、という点においてエグイレベルの美女である。
艶のある黒髪を腰まで伸ばしているが、少しふわっとした形に仕上げている。
クールさ、かわいらしさ、静謐さ、全てを兼ね備えつつ、近づきやすさのあり、あまり敷居が高い印象がない。
そして身にまとっている衣装は、度肝を抜く。
なんと、肩から背中がまるごと露出した黒いドレスである。
足元まで隠しているようだが、大きくスリットが入っていてなまめかしい太ももすら拝めるというものだ。
巨乳、くびれた腰、大きなお尻と、ルックスとスタイルの完成度で言えば、同格なのは栞くらいのレベルだろう。
「おおおおおおおお~~~っ!」
それを見た椿は大興奮。
「時雨さんですううう~~~っ!」
満面の笑みを浮かべて、女性の方に走っていく椿。
そして、椅子に座っている女性を飛びつくように抱きしめて、大きな胸に顔を埋めている。
「うへへ~!えへへ~!この時代の時雨さんも気持ちいいですううう~~~」
この時代に関して言えば、椿から見ると『知り合い』なのかもしれないが、女性側からすれば初対面である。
だが、女性の方は特に拒まず、抱き着いてくる椿の頭を撫でたりしている。
……初めてのはずなのに、なんだかとても慣れた手つきである。
「フフッ、あなたが朝森椿ちゃんね」
「はい!」
「話には聞いていたけど、やっぱりすごい子ね……さてと」
優しい笑みを浮かべて秀星たちの方を見る。
「初めまして、私は『周防時雨』よ。朝森秀星君と、八代風香ちゃん」
「……まあ、俺たちのことを知ってるとは思ってたが、しかしなんていうか……うちの子がすまんな」
「私はどっちもイケるから別に構わないわよ?」
「そういう話じゃなかったよね!?」
「あらあら、可愛い反応ね。こういうの、ストレートに言われたことないのかしら?」
良い笑みを浮かべて微笑む時雨。
(……なんていうか、容姿で言えば栞と同格。ただ、雰囲気作りっていう部分で言うと、完全上位互換だな)
完成していると言えるほどの容姿と体つき。
そういう点ではアトムの娘である栞も同様だが、『余裕』というのだろうか。そういう部分に関するレベルが違いすぎる。
(……いや、というかそもそも、栞はどこか、この時雨って女性を目指している節すらあるな)
レベルが違いすぎるのだが……そこのところどうなのだろう。
というより、栞はその才能のレベルが高すぎる上に、自分よりも上の実力者との精神的なバランスが取れていない。
その影響か、栞はクールを超えて少しキツイ雰囲気がある。
しかし、時雨はそのあたりのとげとげしさが一切感じられない。
現段階の栞では絶対にできない。とても柔らかい笑みを浮かべている。
「はぁ、こんなすごい女がこんなところにいるとは思わなかった」
「フフッ、アトムの坊やもそんなこと言ってたわね。やっぱり意外かしら?」
「ああ。なんていうか……もうすでにお腹いっぱいだ」
溜息を吐く秀星。
「フフッ、ずっと椿ちゃんで遊んでいてもいいけど……それだと話が進まないわね」
そういって、何か訳ありな視線を秀星に向ける。
「私はこの島のナンバーツーだけど、何か聞きたいことはあるかしら?」
あっはは~。
……めちゃくちゃ面倒ですね。




