第千二百四十五話
「……む?」
椿、高志、来夏、沙耶の四人はダンジョンを進んでいたが、あるタイミングで、椿が何かに気が付いた。
「……どうした?椿」
「ちょっと、知り合いの匂いがします」
「……別に近くにそんな奴がいるようには見えねえけど、そんなにキツイ匂いがする奴なのか?」
「いえ、確かにちょっと加齢臭がしますけど、ちゃんと気を使っている人ですよ」
「へぇ、一体誰だろうな」
椿のセンサーは時折、謎の感度を発揮する。
それによって今回も何かを感じ取ったのだろうか。
まあ、椿が出会うような相手なので、大体はロクでもないことが多いのだが。
あと椿ちゃん。加齢臭に対するツッコミはやめておいた方が良い。アレは本人にはどうにもならない。
「行ってみるですううう!」
「あ、待てえええ!」
「オレたちも行くぜええ!」
「うー!」
大体、椿がこうして飛び出したときは楽しいことが起こる。
というわけで、高志と来夏と沙耶も楽しそうな雰囲気でその場所に向かう。
「こっちですうううっ!」
椿は全速前進。
入り組んだダンジョンを上下左右に走り回る。
……分厚い壁で囲まれたダンジョンで、そこまで走り回ってもたどり着けないほど遠くにいても分かる『匂い』ってなんだ?
「たどり着いたですよ!」
ドアをぶち破るかのように蹴って中に入る椿。
「やはりいましたね!マクラさん!」
「……」
扉の奥にいたのは、マクロード・シャングリラである。
どこか、何かが納得いかないような表情を浮かべているが……。
「お、なるほど、こいつがそうなのか」
「へぇ……思ったより威厳がなさそうだな」
威厳がなさなそうなのは本人のせいではない。
「うー!」
なんて?
「……なるほど、ギャグ補正レギュラーメンバーが勢ぞろいというわけか」
沙耶を見て溜息をつくと、マクロードは近くに置いてあった椅子に座った。
「むー。マクロードさん。なんだか前に見た時よりも強くなっていますね」
「当然だろう。あ、それと、最初に聞いておきたいんだが」
「なんですか?」
「私の体臭ってそこまでキツイか?」
「む?ああ、あれは全部比喩なので関係ないですよ!」
「……では、君は何を感じ取ったんだい?」
「むー……むっふふ~♪」
なぜか喜びが内側から溢れた様子の椿。
「……」
まあもちろん、マクロードとしてはそんな反応をされても何もわからないわけだが。
「ま、俺としてもどうでもいいや。で、とりあえず……マクロード・シャングリラって言うのはアンタだな?」
「ああ。その通りだ」
「へぇ……聞いてたよりも強そうだな。一戦願いたいねぇ」
来夏は沙耶から大剣を受け取りつつそういった。
ちなみに、予備は左手に持ち替えている。
まさかに大剣二刀流だろうか。正気ではない。今更だが。
「……日本の序列で三位と四位が相手か。確かに……これくらいのやつが相手なら、申し分ない」
マクロードは椅子から立ち上がると、指をパチンと鳴らす。
すると、彼の手に黄金の剣が出現する。
「ほう、それがお前の剣ってわけか」
「ああ。いろいろ使ってきたが……私の本命がこれだよ」
「おもしれえ!」
高志が拳を構える。
「ほう、剣を相手に。籠手もつけず、拳で挑むか」
「俺にそんなものいらねえな」
「そうか」
拳一つで語るということなのだろう。
……息子とは大きな違いだが、マクロードには関係ない。
「行くぜ!」
高志は一瞬で距離を詰めて、そのまま右の拳を繰り出す。
ストレートに放たれたそれを、マクロードは剣の刃で受け止める。
……はずだったが、拳と剣の間で何かがバチバチと弾けるようなエフェクトが発生し、双方が物理的な意味で衝突しない。
「チッ、やっぱりこうなるか」
「おっ、なかなか耐えてくれる武器じゃねえか。『折れると誰かの都合が悪い』のか!?」
「意味深に妙なことを言うな!」
「おっと」
一度引いて、剣を真横に一閃するマクロード。
だが、高志は上半身をのけ反らせて回避し、そのまま後ろに飛んで距離を取った。
「おらあああああああ!」
「!」
上空から来夏が振ってきて、大剣二本を同時に振り下ろしてマクロードに斬りかかる。
マクロードは剣で受け止めた。
「おっ!オレの大剣を受け止めるか。マジで頑丈な剣と腕だな!」
「こう見えてちょっと痺れそうだぞ。そっちも呆れる膂力だ」
「だろうな。褒めてくれて光栄だぜ!」
大剣二本となれば、総重量も相当なもの。
それ二本分の衝撃に耐えているマクロードもなかなかギャグ染みた膂力である。
(チッ……斬り合っているのに、『死』はおろか、『血』の気配も臭いもしない。まだ頃合いじゃなさそうだな)
考えるマクロードだったが、鍔迫り合いは面倒なので距離を取る。
「!」
「儀典神風刃・超絶技・八王戦線凱旋前線!」
迫る刀と、八本の浮遊刀から距離を取るマクロード。
そこから繰り出される連続攻撃を、マクロードは剣を振って捌き切っていく。
「力だけじゃないんですね!マクラさん!」
「そっちも中々の連撃だが、本気の圧が全くないぞ?新しい『絶技』の習得で、前の『絶技』がおざなりになったか?」
「むむ!」
剣筋がブレる椿。
その次の瞬間、マクロードは剣を三閃。
それだけで、椿の八本の浮遊刀を破壊した。
「むううううっ!そんな簡単に……」
「フフッ、全員、なかなかやる……が、正直、これ以上は戦ってもお互いにとって無駄だな」
「ん?」
「お互いに傷すらつかず、ただ手札を晒すだけの戦いになるということだ。そんなものは模擬戦と変わらない。そんなものに意味はないからね」
マクロードとしては萎えるということだ。
そんなマクロードに対して何を思ったのか、沙耶は鉄の棒を振って、両足のすねをまとめてぶっ叩いた。
「ぐおおおおおっ!」
地面に倒れて両足を押さえて悶絶するマクロード。
……ラスボスといえど、さすがにダブル弁慶はキツイらしい。まあ人間の形をしているのだから当たり前か。
「何やってんだろうな」
「沙耶、ナイス!」
「すごいですううう!」
「……君たちのDNA。マジでどこかで止めておいてくれ……」
切ない願いが口から洩れたマクロードだったが、ギャグ補正は不滅なり。諦めたまえ。
「し、仕方がない。私は準備を整えよう。今の段階でこの四人がここまでの強さとなれば、最終的に戦わなければならない秀星の強さは相当なものだからね……はぁ、何かと面倒だな」
マクロードは指をパチンと鳴らす。
すると、彼の下に魔法陣が出現した。
「転移魔法か?」
「その通り。また戦える日を楽しみにしているよ」
「悶絶してなかったらかっこいいんですけどね」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
なんとも言えない表情のまま消えていった。
……マクロードが威厳を回復する日は遠い。




