第千二百三十九話
「zzz……」
何も面白くないことが続いた人間の最大の敵は睡魔である。
ということを体現するかのように、椿はテーブルに伏してスヤスヤと寝ていた。
それはもう、気持ちよさというものを周囲の人間に感じさせるような、天使のような寝顔である。
(まあ、そうなるわよね)
会議は終了。
というより、椿が参加するゆえにこんな意味不明な会議を開催したのに、当の本人が眠ってしまうと、もうそれ以上続ける必要がないのだ。
椿は一度寝るとすぐに起きることはないのである。
というわけで、それ以降に関してはあらかじめ打合せしていたので、ぱっぱと済ませて会議は終了。
椿が途中で寝ることなど、アトムにとっては予想の範疇である。
会議を開いているのに起こさないのかと言われれば、最初から寝かしつけるために意味不明な会議にしていたのだから、むしろ寝てくれないと困るというレベルである。
「zzz……♪」
時々、むにゃむにゃと表情が変わる椿。
何かの夢を見ているのだろうか。
……誰かに見られているときに夢を見る確率が高すぎるような気がしなくもないが、椿だしそんなものか。
「はぁ、かわいい~」
男性職員は女性陣の無言の圧力によって外側に追いやられて、女性陣だけが椿をつついたり触ったりしている状態である。
……とはいえ、椿は基本的に制服をきっちり着るので、制服だろうとスーツだろうと、そこまで肌面積は変わらない。
しいて言えば、制服の時は靴下とローファーだが、スーツ姿に合わせてハンプスになっていて、脚の肌が露出している程度だろう。
とはいえ、そーんなことはどうでもいいのだ。
椿はかわいい。触っても文句を言わない。なら触ってしまえ。
至極単純なプロセスで、女性陣が椿に触れている。
「ところで、あなたは一体いつからいたのかしら?刹那」
「~♪」
栞が横を見ると、半分透けているような雰囲気だった刹那が反応。
こちらもミニスカスーツで、ポニテマフラーは健在だ。
正直、小学生としても誤魔化せそうな体格をしているため、ミニスカスーツを着ていてもコスプレにしからならないが、姿勢はよく、着られている印象はない。
ニコニコしながら佇む姿は、マスコットのような雰囲気をフル解放していた。
通常。制服しか来たことがない学生がスーツを着れば否応なしに雰囲気は変わるものだが、椿も刹那も、本体に本人の要素が確定しているからだろう。そこまでいつもと変わりはない。
なお、栞も本体に要素が詰まっているが、全てのファッションを自分の美貌のブーストアイテムに変えてしまうので、着こなすどころかファッションを凌駕している。
「……まあ、どうせ最初からでしょうね。正直、私は途中から気が付いたけど、最初から気が付いていたのは父さんくらいよ」
「~♪」
特に意味のある言葉を使わない刹那。
そういう意味ではどこぞの赤ん坊と変わらないが、一応コミュニケーションは取れている……はず。
なお、実際にアトムは気が付いていただろうが、『特に害はないだろうな』と思う良心枠なので放置していたというのが本音だろう。
「それにしても。これがこの時代の魔法省の会議なのね……」
厳密に言えば、話をかなりわけのわからないレベルで混ぜている。
だが、参加している人間が、お互いの話を理解できるような内容を選んで議題にしていた。
まるで話の流れがつかめていないのは椿くらいのものだろう。
参加している人間のレベルは高い。
「それもやっぱり、『彼』とくらべると見劣りするわね」
「~♪」
未来ではクラスメイトである一人の少年を思い出しつつ、栞はそんなことを呟いた。




