第千二百二十九話
「はぁ……解けたあああああああああ!」
とある拠点。
数式がびっしりと書かれた紙を何枚もテーブルに並べて、マクロードは綺麗に色が揃ったルービックキューブのようなものを掲げる。
清磨に渡されたそれを解くのに、呆れるほどの労力を必要とした様子。
何度も何度も『どうすれば色が揃うのか』ということを試すのではなく、数学的に最短ルートを見つけ出すことで達成したというのはとても科学的な対応だ。しらみつぶしにやっていたら絶対に終わっていないだろう。
「さてと……」
マクロードは完成したキューブを自分に取り込んだ。
次の瞬間、自分の中に存在する『最高値移行』の力が拡張されたのが分かった。
「……フフッ、いや、それだけじゃないな。このスキルの本体そのものを手に入れたことで、カードダンジョンを使わなくとも、スキルを使えるようになった。全く……彼には感謝してもしきれないね」
マクロードは近くにあったパソコンに視線を向けて、スキルを使った。
次の瞬間、パソコンは一瞬で強化されて、そのスペックが許す限り、最高の質が確保される。
「……いいねぇ。今までは自分にしか使えなかったけど、これからは、自分以外の物体にも使えるようになった。清磨はこれを生まれた時から使えるわけか。はぁ、うらやましいことこの上ないよ。そりゃ、会社を大きくすることなんて造作もないわけだ」
椅子から立ち上がると、マクロードは窓に掛かるカーテンを広げた。
朝日が部屋に入ってくる。
と同時に……
「あれ、マクラさんってこんなところにいたんですね」
「おわっひゃああっ!」
椿ちゃん降臨。
全身に電流が走ったかのようにびっくり仰天して、後ろに飛びあがってしまい、尾てい骨にテーブルの角があたった。
「痛あっ!」
どう頑張っても鍛えられない急所を衝撃が貫いて悶絶するマクロード。
「大丈夫ですか!?」
「十割くらい君のせいだよ……」
新しい力を手に入れたと思ったらこれだ。
やっぱり椿はラスボスという属性に対して何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
ないとしたらどうしてここまで面倒なことになるのだろう。威厳という威厳が消し飛んでしまうのでやめてほしいのだが……届かないんだろうねこの願い。
「……はぁ、で、どうしてこんなところに?」
「むー。なんかモヤモヤする事がここにあったんですよ!」
「……九重市からは十分地平線の向こうにあると思うし、今のところ秀星からも接触がないからバレていないと思っていたが、『もやもや』って……」
テーブルに伏して溜息をつくマクロード。
誰かこの理不尽な文脈無視のアホをどうにかしてくれ。
「……なんか、前に見た時よりもかなり強くなってますね」
「そうだろうそうだろう」
「前に会ったときは『勝てそう!』と思いましたが、今はそうは思わないですね」
「……」
ラターグが仕込みをしたというらしい『睡眠下の椿』に敗北しているので言い返せないマクロード。
「そうかい。あ、一つ聞いていいかな」
「なんですか?」
「今の私は、朝森秀星には勝てそうかい?」
「無理ですね」
「即答!?」
「はい!」
元気に返事をする椿。
「ちなみに、何故なのか聞いていいかな?」
「特に根拠はありませんよ。ただ、お父さんは最強ですからね!」
「……そうか」
朝森椿という少女にとって、朝森秀星という父親は、世界で最強。
椿は神々を知っているはずで、人間である秀星が神の基本スペックを超えていないことを……いや、そもそも全知神レルクスを知っているものは、全て、最強は誰かと聞かれれば全知神レルクスと答える。
だが、椿は違う。
椿にとって一番強いのは、父親である秀星なのだ。
(はぁ……)
内心で溜息をつくマクロード。
椿が純粋な気持ちでそういっているのが分かるのだ。
そもそも、何かを考えているようで何も考えていない椿は、素直に答えられることは全部素直に答える。
「……もう一つ聞きたい」
「む?」
「もし、私と秀星が、エゴのぶつかり合いの議論の末に戦うことになった時、君はどちらの勝利を願う?」
「むむ?男の喧嘩に私が口出しするのは野暮だと思いますよ」
「……」
最強という点では秀星が一番上という言い分の後に、ぶつかり合いの末の結果の闘争に対しては何も言わない。
(……私とこの子の間では、『最強』の定義が違うだけか)
明確なズレ。
しかし……マクロードにはなく、椿の方にあるものは、きっと『理想』と言えるものが詰まっているのだろう。
「お父さんと戦うかもしれないってことですか?」
「ああ。私にはやりたいことがあるが、それを達成するためには、秀星が許容できないものを超えなければならないんだよ」
「むう、お父さんが嫌うのって人体実験くらいだと思いますよ?」
「ハハハ。人間の嫌いなものは一つだけじゃないさ。それは秀星も変わらないよ」
「それもそうですね」
マクロードに言われて頷く椿。
「まあ、力を手に入れたとはいえ、私にも準備が必要だからね」
「むー。結局は喧嘩みたいですね。とりあえず、お父さんには黙っておきますよ」
「そうか」
「はい。私にだって、望むものはいろいろありますからね!」
そういって胸を張る椿。
「……だろうね」
「ムフフっ!それでは!」
そういって、椿は去っていった。
その小さな背中が見えなくなると、マクロードはつぶやく。
「父親か。あの子は……基樹は元気にしているかな」




