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第千二百十一話

 魔法省の地下には広い空間が用意されている。


 大きな実験を行えるようにする。という目的で基本的に使われるのだが、中には模擬戦で使われるというパターンもある。


 アトムが暴れても問題ないくらい……いや、本気を出したら確実に耐えられないが、軽く運動する……としても壊れる場合はあるのだが、まあアトムも頑丈さは分かってるから大丈夫である。


「さてと、どれくらいの実力か、見せてもらおうかな」


 アトムは適当に剣を用意すると、それを右手で持って構える。

 栞は相対するように立って、こちらも直剣を構えている。


 どちらも模擬戦専用に作られた剣であり、秀星が作った付与魔法によって、痛みは感じるが傷が残らないようになっている。


「父さん。行くわよ」

「どこからでも、いつでもいいぞ」


 艶のある長い黒髪が、魔力ゆえか、本人の気迫ゆえか、ゆらゆらと揺れている。


 端正な顔立ちは真剣そのもので、内心で何を考えているのかはともかく、過去のアトムという存在に対して油断していないことがよくわかるものだ。


 ちなみに、模擬戦には観客はいないのだが、この部屋に来るまでに、多くの職員に遭遇している。


 その段階で、栞の美貌に見とれたものは多い。

 容姿端麗を超えて、容姿完成という領域に至るほどの美しさがあり、年齢ゆえに大人になり切れていない雰囲気もまた感じられて可愛らしさもあるという、反則レベルのルックスのクオリティを誇る。


 ……まあ、未来から来たアトムの娘という情報を聞いただけで、見とれていた人間が『萎えた』ので、なんとなく、職員がアトムをどう思っているのかが見えるというものだが、それはそれ。


「……フッ!」


 瞬き一つの時間。


 それだけで、栞は五メートルの距離を詰めて、アトムに剣を振り下ろす。

 アトムはそれに対して容易く剣で受け止める。


「!」


 単純に速度を求めた攻撃は通らない。


 それならばと、フェイントを混ぜた連撃を開始する。


 そもそも、『真理』に近く、『最高値移行』を持っている清磨を現段階で超えるほどの才能がある栞。

 そんな彼女の速度と、敵の死角を把握する能力はとても高い。


 それゆえ、常人には対応すら本来はできないだろう。

 ただ、その程度であれば、アトムには通用しない。


「ほー。速いなぁ。ただ、連撃の中から何かを学ぶ力が少々足りないね」

「くっ……」


 このままでは通らないと思ったのか。一瞬で距離を取る。


 そして、直剣に炎を纏わせた。

 そのまま剣を振り下ろすと、三日月のような形の炎の斬撃が飛ぶ。

 アトムは剣に魔力を纏わせて振ると、その斬撃を簡単に破壊した。


「なら……」


 栞が左手を掲げると、広い部屋の限界ギリギリまで到達するほどの水が一瞬で生成された。


 左手を振り下ろすと、その水がすべて、アトムに向かって落ちてくる。

 アトムはまた剣に魔力を纏わせて切り上げると、水がすべて破壊された。


「なっ……」

「かなり『密度』がある水だったが……まあその程度では私には通用しないよ」


 フフッと微笑むアトム。


「右手で握る剣から炎、左手からは膨大な水。それが、栞が得意とする魔法の形式というわけか」

「……」

「ただ、まあ、未来の私からも言われていると思うが、『努力せずともできる天才』ではあっても、『努力することに長けた天才』ではないね」

「……よく言われるわ」


 言い換えれば、栞の体が育つことで出来ることが増えるのだが、『活用』という点ではほとんど成長がない。


「才能はあるが、制御ができていないといったところか。炎も水も、どっちもビビってる感じだ」

「ビビってる?」

「その分、魔法の構築に隙がある。さっき壊したのは、それを突いただけ」


 本来なら突けるような大きな隙ではない。

 しかし、アトムの器用さはそれにとどまらない。


「『掌灯永洪(しょうとうえいこう)』……未来の秀星さんが、私専用に開発した戦闘術よ」

「だろうね。どこか、『神風刃』に似た魔法コンセプトがあった。依怙贔屓が好きなのは未来でも変わらないわけか。良いことを知った」


 アトムは笑みを深くする。


 アトムにとって戦いとは、力と力のぶつけ合いではない。思想とか、過程とか、そういったモノを晒す場所だ。


 だからこそ、見るだけでよくわかる。


「……はぁ、勝てないとは思ってたけど、神器すら引き出せないとは思わなかったわ」


 まだ、見せていない手はあるだろう。


 だが、それを出したところで、という計算くらい、栞は可能だ。


 栞は、『努力せずともできる天才』ではあるが、『努力することに長けた天才』ではない。

 だがアトムは違う。『努力せずともできる天才』にして、『努力することに長けた天才』でもある。


 それは、秀星ですら持ち合わせていない、『才能』という頂きだ。

 片鱗はあるが、娘だからと言って全てを引き継いだわけではない。


 ……別に引き継がなかったとしても十分な素質は持っており、別に、発揮できなかったとしても彼女を責めるものは、周りにいないだろう。椿がいれば、椿が好きな空気に全て覆されるし、それは確定だ。


 ……ただ、どこか、それに甘えている気がするのが嫌だから、この時間にドッペルゲンガー……それも、意識を未来と同調できるそれを送って、刺激を得たかったというだけのことだろう。


(こんな娘が私から生まれるのか……子供というのは分からないねぇ)


 多分、全ての『親』がそう考えていると思われるが……いずれにせよ、模擬戦は終わりである。

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