第千二百十話
「父さん。初めまして、二十年後の未来から来ました頤栞です」
「……」
アトムは魔法次官としての業務中だったのだが、朝森秀星という何をしでかすか予想できない世界一位の男が日本にいるので、常に時間を作れるように調整している。
まあ、大体は『業務の自動化』を整備しているわけだが、それを一時中断するという感じだ。そもそも、魔法次官としての業務そのものは、定期連絡を除けば一日3分で終わる。
「こちらが未来のお父さんからの手紙になります」
栞は封筒を取り出すと、それをアトムに渡した。
アトムは受け取ると、四つ折りにされた手紙を取り出して開く。
手紙の内容は、『ごめんね!』から始まっていた。未来のアトムは現在のアトムと比べるとかなりキャラが崩壊しているのかもしれない。
「……なるほど、私の娘のドッペルゲンガーというわけか」
「はい。こちらの時間に来た椿の制御のために来た即席の設備で作られたので、椿が存在を保てなくなるあたりまでしか私たちも存在を保てませんが」
「……清磨の娘も来ているという話か。しかし……とんでもない娘が生まれたものだ」
今のアトムから見ても、栞は文字通り、とんでもない実力を持っている。
「……すでに、今の清磨よりも強いだろうね。ただ、秀星、私、高志と来夏あたりの『超えてはならない壁』はまだ破れていないといったところか」
『超えてはならない壁』って自分で言うんだ。
「さすがにそこまでは、ただ……『この時間』の父さんなら、私でもやりようはあります」
「ほう……」
アトムは良い笑みを浮かべる。
さすがの彼も、秀星というイレギュラーがいるため、二十年後の自分がどういう戦闘力を有しているのかはわからない。
ただ、それでも予測できる部分はある。
それと加味した判断だが……。
(なるほど、未来の私が、全力で、本気で戦うような事態にはなっていないということか。平和になったようで何よりだ)
栞は神器を持っていても不思議ではない魔力量だが、実際には所持していない。
その状態で、未来のアトムに勝つことができるかとなれば、ほぼ不可能だろう。
そして、世の中が平穏なら、安定しているのなら、アトムがその力を振るうことはないだろうし、振るうことがないのなら、栞がそれを見ることもない。
魔戦士……未来では冒険者というのだったか。確かにモンスターを相手にする職業ではあるものの、別に彼らは自殺志願者ではない。
安定した環境と戦術で、稼ぎを得るだけで、別に大きなものを望むわけでもない。
アトムが栞を通して見えたのは、そんな部分だ。
平和になったと思う最大の理由としては――
「私に勝てるって?まあ無理だと思うけどね。『本気を出す才能』は、栞にあるのかな?」
「……」
火事場の馬鹿力。という言葉がある。
どんな人間だろうと、危機的状況になれば、リミッターが外れて本来以上の実力を出せるというものだ。
そして、それらをコントロールして初めて、『本気を出す才能』を語ることができる。
アトムとしては、栞にはそれがあるようには感じられなかった。
平穏。大変すばらしいことだ。目指すべき最高の形であることに、アトムとしては何の迷いもない。
不穏な部分が見え隠れする今を戦う自分を美化しようとも思わない。平穏が一番だ。
……ただ、原則として、本気を出す才能がない者を、アトムは恐れたりしない。
とはいえ、いろいろな意味で苛めたくなったのは、アトムとしても、自分で珍しいと感じた。
(可愛い娘が来るというのは、そんなものなのかな?)
笑みを抑えながら、そんなことを思う。
「なら、模擬戦をしましょう。勝って見せます」
圧倒的な美貌をわずかにゆがめたが、すぐに表情を戻して、栞はつぶやく。
「ああ。相手になろう」




