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第千百九十六話

 圧倒的な椿の無敵感が発揮され、そして逆鱗に触れないその勘が浸透し、『あーもうどうしようもねえや。好きにしてくれぇ』というあきらめの感情ができていた。



 ただ、これを好意的に受け入れるものも多いのは事実である。


 なんせ、煮詰まっている会議だろうが、逆に罵詈雑言飛び交う論戦だろうが、椿が入ってきた瞬間に『椿ワールド』に塗りつぶしてしまう。


 そして、この椿ワールドは完全に椿の独壇場であり、抜群にコミュニケーション能力が高い椿はその会議の中で要点をきっちりと発言する。


 で、椿がいなくなると、その会議の空気は完全にリセットされる。


 その後でチャットのログを見ると、椿がなかなか的確な要素を抜き取っており、『きちんと原点に戻って考える』ということが可能になるパターンが多いのだ。


 最も『真理』に近い存在である秀星の長女であることを考えると、その観察眼は親譲りということなのかもしれない。本人は完全に無意識だろうが。


 というか、その観察力があるからこそ、地雷を踏まないのだろう。


 これが引き起こすのは、椿の敵がいないという状態になるという点だ。


 強いとか弱いとか関係ない。いや、椿は魔戦士全体で見ても強い方だが、それを除外しても関係ない。


 戦いというのは相互理解の欠落により、補完するために発生するものであり、椿は最初から会話環境そのものを自分色に染め上げてしまうため、『もともとその場にある関係の構造』に関してはどうでもいいのだ。


 勝つとか負けるとか、それ以前の問題。


 無敵というかなんというか……どうしてこうなったのか、生涯をかけて考えてもよくわからないのが椿である。


 ★


「ふああ……なんていうか、思ったより強くなったもんだな。俺も」


 時島清磨。


 時島グループの会長であり、『最高値移行(マキシマムシフト)』のスキルを用いて、今まで会社を大きくしてきた沖野宮高校の一年生である。


 入学当初からその実力は高い方ではあるが、一部の上級生を相手にした場合はほぼ勝てない。といったレベルだったのだが、秀星から『改造』が施され、さらに『真理』をいくつか見たことで、その実力を高いものにしていた。


「はぁ、まさか、今の私が、君に勝てないとはねぇ……」


 ダンジョンの奥深く。


 清磨としては業務に関係のないエリアであり、完全に彼の趣味で訪れていたわけだが、そこで……マクロードと遭遇した。


 カードダンジョンのマスターであれば、清磨よりも劣化版となる『最高値移行』を全員が持っている。


 要するに、清磨の力を奪うことができれば、最高値移行を今以上に『拡張できる』ということだ。


 マクロード自身も中々の研究者であり、清磨のスキルを奪うことができれば、それだけで計画を進めることができる。


「……はぁ、仕方ない。ほれ」


 清磨はマクロードに何かを投げ渡した。


 それは、六面が完全にそろった一辺が五十一マスのルービックキューブである。


 だが、マクロードが手に取った瞬間、高速でバラバラのぐちゃぐちゃに回転しまくって、ほぼほぼそろっていない状態になった。


「これは……」

「『マキシマムキューブ』っていうアイテムだ。俺が開発したものでな……完全に解き明かして取り込むと、俺の『最高値移行』を取得できる」

「ほう?」

「ただ、一定時間が経過するとその配置に戻るから、頑張れとしか言いようがないな」

「な、なるほど……しかし、いいのかい?君の言い方だと……『これを解いたものは、全員が君と同じスキルを使える』と言っているようだが」

「別に構わねえよ」


 真理に触れた影響か、清磨はあまり気にしていない様子。


「確かに、そのキューブをバラまけば、いずれ、誰にでも使えるようになる。だけど、敦美が俺を捨てるわけじゃねえさ」

「どうしてそう思う?」

「敦美にとって都合のいいように育て続けてきたのが今の俺だ。俺と同じスキルを使えるからと言って、他の誰かを利用しても、同じ結果になるわけがない」


 敦美は清磨のことをよくわかっているだろうが、それは逆もしかりだ。


「敦美にとっては、『性能が高い』ことなんて何の意味もない。『自分の思い通りにならないもの』は、等しく利用価値がない。アンタも『ボス』なら……『トップ』なら、それくらい学んだ方が良いと思うぞ」

「……言い返せないねぇ。はぁ、今の私では君に勝てないし、しばらくはこれを解くしかないか。しばらく勉強しないと……」


 どんなサイトを見ても、一辺が五十一マスのルービックキューブの解説などやっていない。


「この年になって数学の勉強か……はぁ。憂鬱だ」


 キューブを見ていて思うが、おそらく『このままの状態でも取り込むことは可能』だ。


 だがそれをすると、次の瞬間にマクロードの体はバラバラになるだろう。


「……しかし、変わったね」

「そうか?」

「ああ。大人になったというよりは、何百年も先の時代の価値観を手に入れたって感じかな」

「けっこう偏りがあると思うけどな。なんせ、そこにたどり着いている人間が一人しかいないわけだし」

「ハハハ!いい返答だ。さて、このキューブは頑張って解かせてもらおう」


 マクロードはそういって、ダンジョンの奥底から去っていった。

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