第千百九十話
ロイゼの口から出てきたマクロード・シャングリラという名前。
そこについて、秀星は表情を変えざるを得なかった。
何か致命的な部分で、『最後の敵』になるであろう相手。
その名前が簡単に口から出てきたことに、驚きを隠せるかどうかとなれば……まあ、エリクサーブラッドとアルテマセンスで隠せるのだが、隠す相手ではないので普通に反応した。
「どうやら、何か因縁があるみたいだな。まあ、『ソレ』を回収しに来たってだけで、俺もなんとなくわかるけどな」
ロイゼはカフェオレをカップに注いで、それを飲む。
「ろ、ロイゼさん……マクラさんのことを知ってるんですか!?」
「ブフッ!」
椿の口から飛び出たマクロードの愛称に吹き出すロイゼ。
「アハハ……椿ちゃんらしいね」
「この手の愛称に関してはあまり聞きませんが?」
「学校にあるダンジョンのラスボス、初期設定は『ゲンキ・モリモーリ』だったよ?」
「地獄ですね。熱い展開にしたいときに致命的です」
確かに。
どんなにかっこいいセリフと技名を叫んだとしても、ボスの名前を叫んだ瞬間にシリアスが丸ごと崩壊する。
それなら、まだ秀星が考えた『グレイ・リーサルドーラ』のほうがいい。
「ていうか、椿は知ってたのか?」
「マクラさんが住んでるログハウスに行ったこともありますよ」
「……えー……まじぃ?」
秀星はニコニコしながら応える椿に頭を抱えた。
「……何といいますか、この、椿さんのペースでしか物事が進んでいない感覚、どうすればいいのでしょうね」
「多分ずっとこんな感じだと思うよ」
「……それは困るのですが」
「私は困ってないからねぇ」
時島グループの実質的な運営として忙しい敦美に対して、風香は世界最強の男が夫で、未来では専業主婦がほぼ確定している。
そりゃ、困らないだろう。子どもたちは可愛いし。
「……苦労してるなぁ」
ロイゼも、温度差に関しては分かっているようだ。
特に、椿に関しては、可愛いとは思うが、同時に異質さは分かっているだろう。
ただ、椿の場合はその異質さ込みで可愛いと感じるものが多いので、結論が変わらないものがほとんどだ。
それに完全に影響されない存在は、今のところ敦美だけである。
「はぁ、ま、とりあえず、この部屋まで直でこれる通行証を渡しておくよ」
「ん?いいのか?」
「ああ……俺も面倒なことに巻き込まれる体質をしてるからな。お前みたいなのがやってきたら、多分いろいろあるだろうから、その保険ということで」
「そ、そうか……」
ロイゼの過去はさっぱりな秀星だが、本人がそういうのだからいろいろあるのだろう。
(……さて、とりあえず、このダンジョンにマクロードが来たことがあるのは確定。計算が狂ったなぁ。はぁ)
アルテマセンスの影響で思考速度が速い秀星。
いろいろ計算やら予測をしているわけだが、何か、食い違う部分があったようだ。
「むふふ~!また来ますね!」
「いつでもいらっしゃい」
さっそくまた来るという約束をする椿。
椿は意思疎通ができる相手なら誰でも仲良くなれるからね。こうなるのは予定調和です。




