第千百六十三話
「敦美さん!私は思うんです!」
「何をですか?」
「うっ?」
まだお菓子の国といえるダンジョンを進んでいる道中だが、椿が何かを思いついたようだ。
ちなみに手には一辺三十センチの大型ケースにバニラアイスが詰め込まれている。
ケースはこのダンジョンの宝箱から手に入れた物で、『アイスを入れていると、魔力が供給されている限り、ずっとキンキンに冷えたままになる』という代物だ。
ちなみにスプーン付きだったので、歓喜の表情で食べているわけだ。
……沙耶は壁がビスケットで出来ているのでそれを拳で砕きながら食べているところである。
「甘い物を食べると人間の脳はしっかり動くと聞いたことがあるんですが、私は今、それを実感しています!」
「……」
表情筋がピクリとも動かない敦美。
正直、いつもと何が違うのかさっぱりわからないし、何をどう判断すれば椿の脳が回転していると判断すればいいのかもわからない。
「ふっふっふ!その顔は信用していませんね!」
「!?」
「あれ、なんで驚いてるんですか?」
敦美の内心を簡潔に言えば、『信用されていないということが分かる知性があったのか!』ということである。
誰に対してもパーソナルスペースがゼロであり、隠れ我儘。
椿という人物のイメージは大体そんなものだが、他人からの評価というものを感じているような、そんな知性があるとは思っていなかったのである。
「何か失礼なこと考えてませんか?」
「そのようなことはありませんよ」
知性がないとか考えておいて即答できる敦美も敦美か。
「フフフッ。で・す・が!私の脳みそは今。フル解放中なのです!」
「12×13は?」
「……」
完全停止した椿である。
突如言われてできるかどうかは別として、冷静になれば別に難しいものではない。
12×10は120で、12×3は36で、足せば156だ。
その程度の話でしかない。
その程度の話でしかないのだが……。
「むっ、むむっ、むむううう~~~っ!」
湯気が頭から出てきているような様子の椿。
「……うー」
沙耶は近くのチーズケーキを指でグリグリして『156』と書いた。
「え、沙耶ちゃんは分かったんですか!?」
「う」
頷く沙耶。
「沙耶ちゃん。正解です」
「う」
当然。といった様子で頷いて、また壁のビスケットをバクバク食べる。
「え、ええええ~~~っ!なんでわかったんですか!?」
それは単にきちんと分割して計算するという方法を知らないだけだ。
小学生の九九では習わない範囲だが、必要以上に苛めているわけでもない。
「……本当に高校生なんですか?」
どちらかというと精神的な意味で。
「むううう!失礼な!私はれっきとした高校一年生ですよ!」
(同い年とは思えない……というか、思いたくない)
まあ、十六年間生きてしまって、そして高校受験をして通ったのなら高校一年生だ。それは仕方がない。
仕方がないが……。
「まあ、いいです。それで、どこかどのように、頭がいつもより回っているんですか?」
「それはですね……何なんですかね?」
自分でもよくわかっていないことを主張するのはいつもの椿のことである。
「少しは自覚というものをしなさい」
「いだだだっ!あ、頭が潰れちゃうですううう~~~っ!」
アイアンクローでギギギギッ!と頭が締め上げられる椿。
敦美はどちらかというと『テヘッ☆』では許してくれないタイプの人間なので、言葉には気を付けた方が良い。
「はぁ、なんだか疲れて……いや、それは最初からですね」
「お、おおおお……」
解放されて唸る椿。
「とりあえず、このダンジョンをさっさと突破しますよ。油を売っている時間はありませんからね」
「そんなの今更ですよ!お菓子がいっぱいあるんですから食べた方が得です!」
「うーっ!」
そうだそうだー!と同意する沙耶。
それに対して、敦美は指をバキバキと鳴らす。
信じられないほど、本当に『バキバキ』という音がしている!
「言っておきますが、さっきのは全力の内、一割も出していませんよ?もう少し覚悟を持って言ってください」
「ごめんなさい真面目にやります!」
「うーっ!」
許してくれないタイプの敦美を怒らせると、椿と沙耶でもちょっと怖い。
……明日には忘れてると思うけどね。
この小説のリメイク版を投稿しました。
リメイク後のタイトルは『異世界帰還神器使いによる愉悦無双』です。現在、9話で40000字くらいです。
本作の1話のオチから先を全て、別のストーリーを再構成しています。
きちんと『無双』として描き、その作り込みのため不定期更新となります。
作者は単純なので、ブクマと評価を入れていただけると励みになります!
このページの一番下にある『作者マイページ』から飛んでいただくとすぐにアクセスできますので、ぜひ読んでください。
なお、リメイクを執筆するに至った経緯に関しては、初の活動報告を書いたのでそちらをどうぞ。




