第千百六十話
椿の発作は収まった。
結局、一人に抱き着いただけではまだ『うにゃああああ~~~っ!』と騒いでいたので、時島グループの社員たちをとっかえひっかえして抱き着きまくり、何とか収まった様子。
「……何とかならないのですか?」
「む~……記憶が全くないですね!」
敦美も頭痛がしてきたようで本人に聞いているが、状況は芳しくない。
どのように苦労するのかと言うと、椿に魅了されてしまって業務に影響する場合が出てくるのだ。
椿の体はやわらかく、抱きしめやすく、そしてめちゃくちゃいい匂いがする。
これは事実であり、椿らしいと言えば椿らしいが、それが影響して時島グループの社員が狂わされる可能性があるのだ。
現在、敦美の教育によって清磨に対して忠誠でも誓っているかのように会社に尽くしている社員たちだが、椿が持つ中毒性はそれを凌駕する。
今回のような発作が不定期でも発生する場合、社員たちの優先順位が変わってしまう可能性がある。
それは避けたい。
「記憶がない……本当にないんですか?」
「全くないですよ!むっふー!」
笑顔ではしゃぐ椿。
……どうやら本当にないようだ。
「……治そうとは思わないのですか?」
「むー……」
考え込んでいる時点で、どうやらどこか悪いとは思っているが、治療出来たためしはないということだ。
「むー……テヘッ☆」
「それですべての人間が許すわけないでしょう」
「イダダダダダダッ!痛いですううう~~~っ!」
敦美からアイアンクローを食らって悶絶する椿。
中には椿を許してくれはするが、だからといって『無罪』とは言ってくれないものもいる。
敦美に加えて、あとはアトムもそうだろう。
……本当に苦労させられている者の共通点と考えれば世も末のような話だが。
「それで、ダンジョン攻略はどうでしたか?」
「楽しかったですよ!時島グループの皆さんはとても強いですね!未来でも『少数精鋭』は時々見かけますけど、こんなに『多人数組織』で高水準な集団は初めてです!」
「ふむ……」
「まあ具体的には、『きちんと管理されている』という意味ですけどね」
「それはどういう?」
「『歯車相関図』の持ち主である的矢さんに依頼したりとか、とにかく『大きな管理システム』を作れる人材に対して強い人脈を持っているんですよ!常に目標が高いということもあるんですかね?成長速度が凄いんですよ!」
優秀な人材を多く抱えて、ある程度適材適所に配置できれば、そりゃ利益は増加する。
しかし、それではいずれ成長に限度が来る。
求められるのは目標であり、未来の時島グループはそれが大きいのだろう。
「……なるほど」
まあ、敦美としては、行き当たりばったりで一歩先をまるで考えていない無計画の権化のような清磨が、そんなたいそうな目標を持っているとは到底思えないわけだが。
「……敦美さん。清磨さんに対してすごく失礼なことを考えてませんか?」
「そのようなことはありませんよ?」
『行き当たりばったりで一歩先をまるで考えていない無計画の権化』と考えておいて、即答で失礼なことはないと言い切る敦美。
彼女の心臓は一体どうなっているのだろうか。
……椿に対して贔屓が『過ぎない』という時点で、いろいろ他人とは感性が異なるが。
「はぁ、とにかく、楽しそうで何より、としか言えませんね」
「むふふ~!確かにとても楽しいですよ!」
にっこにこの椿である。
「……で、何か引っかかることがあるのですか?」
「……む~。というより、清磨さんですかね?なんだか、こう……私のセンサーがピコピコと反応しちゃうんですよ!」
「当てになりませんね」
「ひどいですううう~~~っ!」
ひどいことであっても即答できる少女。それが敦美である。
苦労人の鏡って大体そういうイメージがあるけどね。
「とはいえ、関係するとなれば……ほぼスキルでしょうね」
「む?」
「『最高値移行』というスキルを持っていますから」
「あ。カードダンジョンに用意されているラスボスに標準搭載されているスキルですね」
「それを先に言いなさい」
「痛いですううう~~~っ!」
アイアンクロー!
さすがの敦美だって我慢できないことはあるようだ。
ある意味で、時島グループの根幹ともいえる清磨のスキルである。
それをカードダンジョンのボスは標準装備ぃ?ふざけんなゴルア!となるのは、時島グループ副会長として言いたくなるのは事実だろう。
「あ、ただ、お父さんは『ボスの方は自分にしか使えない』と言っていましたよ?」
「ふむ……」
まあ、予想はしていたし、そうでなければ整合性が取れないのでそんなものだと思っているが……。
「はぁ、どうしたものか」
面倒なことは社外の人間に全部押しつけたい。
具体的には秀星に。
というのが敦美の本音だが……。
(叶わないのでしょうか。この願い)
楽はさせてもらえない。
というより、楽をさせてくれない構造がこの世界にある。というのが、敦美にとって嫌な部分だ。
清磨のコントロールなど赤子の手をひねるようなものだが、こればかりは敦美個人の力ではどうしようもない。
「……清磨さんに対して失礼なこと考えてませんか?」
「そんなことはありません」




